第10話「もう一度笑って....(後編)」
未希の病室に忠彦からのはからいで智志がやってきた。しかし智志は「子供なんて死んでほしいと思ってた」と言い残し、未希の意識が戻る前に病室から走り去ってしまう。忠彦が智志を追う。智志は足早に病院を歩いていた。
「おい桐野くん!会ってやってくれないのか、未希に」
「....会えませんよ」
「自分で....来てくれたじゃないか」
「今の僕じゃ会えません。母が言ったのと同じようにもう死んだも同然なんです!」
「待ってくれ、だったらせめて、赤ん坊に会ってやってくれないか?頼む!」
「....」智志が振り向く。
病室では未希が目を覚ました。
「未希!わかる!お母さんよ!大丈夫?」
「....」未希が加奈子を見つめる。
「未希、助かったのよ。赤ちゃんも元気よ!」
「おとこ?....おんな?」
「女の子!未希みたいに元気な女の子!」
「そっか....。私、産んだんだ....」
「無事産まれたのよ。頑張ったね未希!」
「私ね....長い夢見てた。私が赤ちゃんで、お母さんを探して....泣いてる夢」
「いるわよ、お母さんここに。未希もいるよ、ここに」
「....うん」
未希が安心したようにまた眠りについた。加奈子は娘の頭をなで続ける。
忠彦は智志を新生児集中治療室に連れていった。
「すごく小さいから、驚くかもしれないけど....」
土田に忠彦が智志のことについて説明する。
「すいませんあの、彼は、父親といいますか、なんていうか、でもいろいろ事情があって....」
「どうぞ!」土田が笑顔で智志を迎え入れるが、智志は背を向けてしまう。
「何もしなくてもいいんですよ。したくたって男には何もできないからね。むしろ、こちらが元気づけられるばかりだ」
その言葉に、智志は赤ちゃんに近づいていく。
保育器を覗くと、小さな赤ちゃんが手足をバタバタさせていた。智志ははじめて巻き起こる感情にかられた。
「赤ちゃんだ....動いてる....」
智志の目に涙が。そしてその場から逃げるように立ち去った。
病院の待合室では智志を待っていたかのように波多野が原稿を書いていた。足早に歩く智志の前に立ちはだかる。
「結局会いにきたのか。15で父親になった感想を聞かせてくれよ」
赤ちゃんと会ったときの動揺を隠せない智志は、質問に答える余裕などない。その場から走り去った。
「一ノ瀬さんは経過が良ければ、あと10日ほどで退院できますよ」
看護師が未希にそう伝える。
「ねえお母さん、赤ちゃんはどこ?早く会いたいな」
「まだ無理ね。赤ちゃんはすごく小さく産まれたの。だから今、新生児集中治療室ってとこにいるの」
「小さくって....どれくらい?」
「1648グラムって、お医者さんが言ってた」
「そんなに小さくて、ちゃんと育つの?」
「未希、赤ちゃんは小さいが、元気な子だぞ!」
「ほんと?」
「ああ。今、見てきたんだ。1ヶ月から2ヶ月ぐらいで退院できるみたいだ」
「えっ....そんなにかかるの?」
アパートに帰った智志は、静香に自分の赤ちゃんのことを話した。
「赤ちゃん?」
「元気だった。女の子だった。ガラスの箱の中で、オムツして、一生懸命生きてた」
「....だから何?」
「ママ、やり直そうよ。もう逃げ回るのはやめよう」
「ふぅ~ん、くだらない....」
静香は新聞を読み出した。智志は新聞を奪い、訴える。
「全部なくなったっていいじゃないか!生きてんだからいいじゃないか!俺、もう高校へは行かない!中学を出たら働こうと思う」
「何言ってるの?中卒でどうやって働くのよ!それこそアンタが赤ちゃんみたいなもんなのよ!バカなの?」
「最初はそうかもしれないよ。でも頑張る!俺、頑張るから!できること、俺にもできること。たった一つでもいきから見つけるよ。それで、子供にお金を送りたい。どんなに逃げたって、あの子は俺の子なんだ。俺の子なんだよ!俺の子なんだよ!」
智志は泣きながら静香に訴えかける。病院で見た我が子を思いながら....。
その頃、病室に春子が哺乳瓶を持ってやってきた。
「おはよう!すっかり顔色が良くなってる。どう?傷口痛みますか?」
「はい、引っ張られる感じです」
「抜糸したら少し楽になるから、もうちょっとの我慢だからね。今日はね、助っ人にきたの。これから未希さんには母乳をしぼって、赤ちゃんに届けてもらいます!免疫力をつける大事なお薬だからね」
「....おっぱいのことですか?」
「うん!お母さんになったんだから」
未希は春子の言う通りに母乳をしぼる。が、なかなか出ない。
「今日はこれくらいにしておこうか。落ち着いたらまた出るかもしれないし。ね?」
「母乳が出ないなんて....母親失格ですね」
「気にしないで。母乳飲まなくても丈夫に赤ちゃんは育つから。気長にいこうか」
「はい」
「赤ちゃんの名前は決めてるの?産まれて2週間後にはもう役所に届けなきゃいけないの。これがね、意外にあっという間なのよね」
「いくつか候補は考えてます。顔を見てから決めることにします!」
「あなたならユニークな名前つけそうね。楽しみだな」
「はい」未希と春子が笑いあう。
週刊誌編集室、波多野は机で原稿を書いている。
『....手術が施される。その小さな体....そして世間の目、様々な不安と、少女は母になった....』
「あれ?泊まりですか、編集長?」
「帰っても冷蔵庫が待ってるだけだからな」
「まだあれ追ってるんですか?」
「まとまったら、出版に売り込みかけてみるよ。ただ、いい題名が見つからないんだよな、なんかないか?」
「あの....すいません」
「誰ですか....あっ、お前....」
そこに智志が訪ねてきた。
その頃、静香は鏡の前に立ち、自分の正気を失い、廃人のようになってしまった容姿を見て、涙をこぼしていた。
そして静香は締め切った窓を開けて....。
会社の外で話をすることになり、智志は波多野に、
「どこか、働くところ知りませんか?」と聞いた。
「お前が?」波多野が呆れたような顔で返す。
「はい!」
智志の言葉に波多野は煙草を吸いながら笑った。
「もうすぐ中学卒業なんで、働きたいんです!母を助けるのは無理だけど、せめて、自分のことは自分でやりたい!それと....」
「それと?」
「子供を育てるお金、少しでも送りたいんです!」
「またまた、偉そうなことを....」
「すいません」
「やっぱりお前はお坊っちゃまだな。なんでそう、すぐ人に頼ろうとするんだろうね。ここは日本だ、飯食えずに、服着れずに死んでいく国じゃないだろ。健康なら、いくらでも仕事ぐらい自分で探せるだろ?」
「....」
「本気で思ってるなら、自分で探すこったな。じゃ」
波多野はそう言い、立ち去った。
その頃、病院では痛みに耐え、未希は搾乳していた。しかし母乳を取ることはできなかった。
そこに加奈子が嬉しそうにやってきた。
「未希、先生が「赤ちゃんに会ってもいい」って!」
「え?ほんと?」
「会ってみる?」
「え....」
「小さいから、お母さんの中にはショックを受ける人もいるらしいの。だから、焦ることはないって....」
「ううん。私、会いに行くよ」
点滴を付けながら、未希は加奈子と一緒に新生児集中治療室に向かう。
「私、一人で行ってくる」
「え?」
「大丈夫。自分で押せるから」
「だって....傷痛いんでしょ?」
「一対一で会いたいの。初対面なんだから」
「そう....。わかった。行ってきな」
痛みを耐えながら、未希は一歩一歩、確実に我が子に近づいていく。別の棟へと続く渡り廊下でふと空を見上げる。空は雲ひとつない快晴だった。未希は微笑み、また歩き出した。
その頃、加奈子のもとに静香がやってきた。
「お久しぶりです。出産のお祝いです。少ないけど」
「え?」
「遠慮しないで。借金まみれでも、普通の生活するくらいの金は持ってるの」
「いえ....でも」
「ふふっ、今さらよね」
「そう思います。一切認知請求はするな、もう関わりたくないと言ったのはおたくですから」
「じゃ....こうすればどう?」
静香はポケットから誓約書を取り出し、それを破り捨て、くずかごに入れた。
「智志に言われたの。やっぱり生まれてきた子供に、責任取りたいって。どんなにソリが合わなくたって、あなたと私はこれで他人じゃいられなくなったってわけね」
静香はそう言うと、加奈子にお祝い金を差し出し、去っていった。
新生児集中治療室の前で未希は立ち止まってしまう。
なかなか一歩を踏み出せない。
すると中から土田が出てきた。未希に話しかける。
「どうしました?」
「あの....」
「一ノ瀬さんですよね?」
「はい」
「赤ちゃん、待ってますよ」
「はい!」
そして、
「おい、母ちゃんがきたぞ~。」と土田が赤ちゃんに話しかける。
未希は保育器を覗き込んだ。我が子とのご対面。
「小さい....でも、動いてる!」
「そっと、触ってあげて」
「え、いいんですか?」
「不思議に思うかもしれないけど、赤ちゃんは生まれたときから母親のことがわかってるんだよ。母ちゃんに触ってもらうと、みんな安心してスヤスヤ寝ちゃう」
未希が保育器にそっと手を入れ、赤ちゃんが未希の指を握りしめてきた。そして赤ちゃんはスヤスヤと眠りについていく。未希の目から涙がこぼれ....
「ありがとう....ありがとう....」
-お母さん、私、やっと会えたよ。私も思ったよ。きっとこの子に会うために生まれてきたんだって-
その頃、原稿用紙の前で波多野は考え込んでいた。原稿は仕上がっているが、題名が浮かばない。
『14歳の母』ととりあえず書いたあと、考え込む。
そしてそれを線で消し、
『14才の母』に書き直した。
「先生、この子の名前を決めました!」
「教えてください、その名前で呼ぶからね!」
「はい!」
未希は涙をぬぐうと、微笑みを浮かべて、自分が産んだ我が子を愛しそうに見つめていた....。
(参考・どらまのーと)