第9話「出産・命をかけた24時間(後編)」

未希に陣痛が襲い、病院でいよいよ出産することになったが、その後様子が急変。胎児早期剥離という症状におかされた未希は的場クリニック院長の春子の判断で総合病院に搬送されることになった。救急車には加奈子と忠彦と春子が乗り込み、弟の健太はマコトと一緒にいるようにと忠彦から言われた。そして学校でもその話で持ちきりになっていた。

学校では臨時職員会議が開かれ、未希の子供が産まれた場合、生徒に話すべきかどうかの議論がなされていた。
「やっと生徒たちが落ち着きを取り戻してきたんですよ?また騒ぎになったらどうするんです?」
「でも一ノ瀬さんはまだ我が校の生徒です。ずっと黙ってるわけにはいかなんじゃないんでしょうか?」と遠藤。
「だからって、学校として嬉しそうに報告するわけにはいきませんよ
「新年度になってクラス替えをしたら、生徒たちも一ノ瀬のことを忘れますよ。そっとしておきましょう。忘れるようにフタをするしかないですよ」
と教頭は言う。
「そんなことできるんでしょうか?」と校長。
「私はできないと思います。子供を産むことはどんな生徒にとっても他人事ではありませんから」
すると生徒たちが職員室にやってきた。
「未希の赤ちゃん....産まれたんですか?」
「今日入院したんでしょ?」「教えてください!」
「どうなんですか!」生徒が遠藤に迫る。
「未希のこと認められない子もいっぱいいるけど、みんな知りたがってます!」めぐみも遠藤に訴える。
「教えてください!」生徒が口々に言いはじめる。
遠藤は校長に一礼をしたあと、生徒を止めに入る教師を振り切り、こう言った。
「一ノ瀬さんは入院したわ。予定日よりまだ少し早いけど間もなく出産の予定よ。一ノ瀬さんは今、まさに戦ってる最中なのよ」

その頃、救急車の中では加奈子と忠彦と春子が懸命に未希に寄り添っていた。
「未希さん、聞こえる?できるだけゆっくりと呼吸してください。そう、上手よ。あと20分くらいで着くから」
「未希!先生がね、総合病院連れてってくれるんだって。もう大丈夫だから!」と加奈子。
「生きてる?お母さん....生きてる?赤ちゃん ....」
「え....」
「元気に....生まれるのかな?」
加奈子はあまりにも未希に現実を伝えるのがつらくてこたえられない。
「もちろんだ!」と忠彦。
「じゃ....どうして....手術...するの?」
「えっ....あっ、念のためだ。先生が言ってたんだ」
「ほんとのこと....言って?」
加奈子と忠彦が顔を見合わせる。すると春子が、
「未希さん、今の状態を説明するね。赤ちゃんは元気ですよ。ただ、あなたと赤ちゃんをつなぐ胎盤が剥がれかかっていて、酸素がいかなくなって弱ってきてるの。完全に剥がれると赤ちゃんは死んじゃうから、その前に、安全に手術をするために総合病院に向かってるのね。未希さんとあなたの赤ちゃんのために全力を尽くします!」
「先生....ありがとう..ございます。ほんとのこと....教えてくれて....よろしくお願いします....」
「うん!」春子が未希の手を強く握りしめた。
「パパ....」
「何だ?」
「前に私、この子を育てていく方法を見つけたいって言ったでしょ」
「ああ....言ってたな」
「見つかったよ....」
「なに?」と加奈子。
「私....お医者さんになりたい」
「え?....医者....?」
「何歳になってもいいから、自分で働いて、お金貯めて、学校通い直して....無理....かな?」
「いや、無理なんてことないぞ。だって未希はまだ14歳なんだ。まだ何十年も生きるんだ。きっと....なれるぞ」
「うん!いいと思うよ!」と春子も横で微笑む。

そして救急車は病院に到着。関東医科大学病院。未希はすぐさまオペ室に運ばれていく。加奈子と忠彦は娘に激励をするしかなかった。未希は意識がもうろうとする中、うわごとであることを言い続けていた。
「キリちゃん....キリちゃん....」
未希を運ぶ担架ベッドはオペ室の奥に消えていき、ドアが閉まる。そしてオペ室前に『手術中』のランプが付く。
待合室のイスに倒れ込む加奈子を忠彦が支える。
「俺はダメだな。未希に「頑張れ」って、そんなことしか言えなかった。充分頑張ってきたのにな....」
「私も....最後だなんて言っちゃった....」
加奈子の脳裏に未希に「最後のワガママ聞いてあげる」と言ったことがよぎる。
「どうしよう....ほんとに最後になったら....」
「バカなこと言うな。バカなこと言うんじゃないよ」
泣き出す加奈子を忠彦はそっと介抱した。
「やっぱり桐野くんに会いたかったのね。あの時以来、名前を口に出さなかったのに....」

未希の手術が始まった。
「患者の年齢は14歳。胎児仮死が考えられます。お力をお貸しください!」と春子。
医師たちが「全力を尽くしましょう!」と春子に言う。

忠彦は病院内の公衆電話から桐野静香からもらった名刺から電話をかけることに。しかしつながらない。
「くそっ....どこにいるんだよ」
そこへ波多野がやってきた。
「おい!そこで何やってんだ!」
「あ、どうも」
「こんなとこまで嗅ぎわまってるのか!」
忠彦が波多野に迫る。
「これ....娘さんの忘れ物です」
波多野が手帳を忠彦に見せる。

その頃、オペ室では未希の急激な血圧低下、胎児の心音が下がりはじめていた。春子と医者たちが懸命に輸血などの色んな手段を試すが効果が出ない。
「ダメです!血圧が戻りません!」

「えっ?アンタが未希を病院に?」
波多野は陣痛で倒れ込んだ未希を病院までタクシーで送ったことを忠彦に説明した。
「それはすまなかった。ありがとう」
「礼を言われる筋合いはありませんよ。記者としてこの赤ん坊の行く末を追いかけたかっただけですから」
波多野がその場を去ろうとすると、忠彦が、
「ちょっと待ってくれ!桐野社長の居場所はまだわからんのか?」
「え?」
「いや、娘に会わせてやりたいんだ」
「もう縁を切ったんじゃなかったんですか?」
「そのつもりだったが、実はあの、赤ん坊が助からないかもしれないんだ」
「なるほど。それでこちらの病院にね」
「娘は赤ん坊を全てのものから守ろうとした。その赤ん坊をもし失ったら....なら、せめて会わせてやりたいんだ」
「ほんとに腹据わらない人ですね、アンタは。会わせないって決めたらそれを貫けばいいでしょう?子供に振り回されてコロコロ考え変えて、なんでアンタそんなに甘いんだよ
「....親だからだ」
「ん?」
「アンタに何て言われようと、俺は未希の親だから、それしか言うことはできない」
「....そうですか」
「頼む。いや、お願いします!教えてください!」
「そうですか....。会わないほうがいいと思いますけど」
波多野は静香の住所をメモ用紙の裏に書き、それを忠彦に渡した。
「東京都葛飾区新小岩....」
忠彦はタクシーを拾い、新小岩まで向かう。
波多野は病院の窓からタクシーを見送ったあと、ロビーのベンチに座りうつむいた。

その頃、オペ室の待合のソファーでひたすら未希の無事を祈る加奈子の前にひとりの女性がやってきた。
「あっ、先生!」遠藤だった。
「向こうの病院で、こちらに運ばれたと聞きました」
「はい。赤ちゃんが....危険な状態みたいで...」
「そうですか。これ、クラスの子たちが書いたんです」
寄せ書きだった。中央には『出産おめでとう!未希ママへ』と大きく書かれており、「早く未希の赤ちゃんに会わせてね」とか「赤ちゃんだっこさせてね」、「大変だけど応援してるから」など色々メッセージが書かれていた。
「もちろん全員ではありません。中にはまだ受け入れられない子もいますから」
「ありがとうございます!充分です!きっと渡してあげられると思います!」加奈子が涙ぐむ。
「あの、どうしても一ノ瀬さんに会いたいって言う子がいるので、同行させました。よろしいですか?」
「邪魔しないので、一緒に待っててもいいですか?」
その子は柳沢さんだった。
「はい。一緒に待ちましょう」加奈子が微笑む。
3人は少し離れたそれぞれのソファーに座り、未希の無事を祈るのであった。

オペ室では未希の血圧がさらに下がりはじめた。医者たちにも焦りが見えはじめる。
「おい、輸血!早くしないと死んじゃうぞ!」
「今やってます!」

その頃、健太はマコト夫婦と店におり、マコトがギターを弾いて場を和まそうと画策するも、健太に「うるさいから静かにしてほしい」と言われてしまう。
「いつまでも暗い顔してたってしょうがねえだろ?」
「お姉ちゃん、賑やかな方が好きだしね」とひなこ。
「だったら、なんであんな苦しいことするの?あんな痛いんだったら子供なんて産まなくてもいいじゃんか」
「でもな、誰でも子供を産むってことは命がけのことなんだよ。俺も未希も健太も、みんな自分の母ちゃんが命がけで産んでくれたんじゃねえか」
「そんなこと知ってるよ。当たり前のこと言うなよ。姉ちゃんバカだよ。すごくバカだよ!ウンコだよ!」
「バカだから応援してあげなきゃいけねえんだぞ。ウンコだから祈ってあげるんだろ?」
マコトは健太の頭をなでながらそう言う。

忠彦のタクシーが新小岩に到着する。忠彦はメモ書きを頼りに歩き出した。何分か歩いたあと、その住所にたどり着いたが、そこは繁華街の裏通りで、露店で怪しげな物を売っている外国人、ホームレス、抱き合う男女がいた。
「小岩ハイツ....201号室...ここか」
それは古びたボロアパートだった。忠彦が201号室を訪ねると古新聞がドアの前に積まれていた。インターホンが設置されていなかったので仕方なくノックするが、反応がない。忠彦が窓を少し開けて中の様子を確認すると、テレビの光がわずかに見えた。そしてドアノブを握ると鍵が開いていたので恐る恐る中へ。
「お邪魔します。ごめんください」
室内は薄暗く、洗濯物や雑誌が無造作に廊下に散らばっている。部屋の中をのぞくと布団の上で呆然とテレビを見つめる女性がいた。玄関の戸が開く。
「誰ですか?」 智志が驚く。
忠彦は智志の姿に驚き、女性を見つめた。
そしてテレビを見ていたのは変わり果てた姿になった静香であった。

-人生が楽しいなんて誰が言ったんでしょう。痛み、悲しみ、苦しみ、人生には楽しいことよりもつらいことの方がずっとずっと多いような気がします。なのに未希、どうしてお母さんは新しい命の誕生を祈っているのかしら-

その頃、オペ室では帝王切開で赤ちゃんを外に出す準備がなされた。
「赤ちゃん出ますよ!」
「まだ生きてます!気道を確保します!」
未希の血圧がどんどん下がっていく。
「おい、ドーパミン!」
「止血ができません!」
「輸血もっと頼む、このままじゃ危ない!」

(参考・どらまのーと)