第9話 「出産・命をかけた24時間(前編)」

母親に未希の命か赤ちゃんの命かどっちか選択しなければいけない際は、未希の命を選ぶと言われた未希は、
「私の命と赤ちゃんの命、お母さん。考えてみたけど、やっぱり私選べないよ。だって、キリちゃんと会わなきゃよかったって思わないから。そして、マコおじちゃんが言ったように、赤ちゃんが生まれることはそれだけで奇跡だと思うから」
「未希....」
加奈子はその後、パート先であるファミレスを訪れ、また長期休暇を取りたいと申し出た。
「また、私が帰ってきたら嫌味でも何でもいっぱい言ってくださいね!じゃ!」
笑顔で加奈子は職場を後にした。
そして未希はデパートで生まれてくる赤ちゃんのために服を選んでいた。周りの視線など気にせずに幸せそうに服を買う。ちょうど未希が店を出たときにちょうど波多野が通りかかった。波多野は未希のことを知っているので、後ろからつけることに。
「うっ....痛っ....」
突然、未希がお腹を抱えて道端に倒れこんでしまった。波多野が何事かと未希にかけよる。腹痛らしい。
「おい、大丈夫か?」
「....」
「怪しいもんじゃない。救急車呼ぼうか?」
「ありがとうございます。けど、自分でできます」
未希はとりあえず母親に連絡する。
「もしもしお母さん?ちょっと早いんだけど、なんか....産まれる....みたい」
「えっ?お腹痛いの?」加奈子が驚く。
「うん。きた~って感じ」
「今どこにいるの?」
「若葉公園の....バス停」
「わかった!お母さんすぐ行く!待ってて!」
「....うん」
予定までまだあと1ヶ月。加奈子を不安が襲う。準備をしながら病院、そして忠彦に連絡し、車に乗り込んだ。
波多野は心配そうに未希をながめる。
「ほんとにいいのか?」
「はい....家族が来ますから」
「そう....じゃ」
波多野が未希の前から立ち去ろうとしたとき、未希の腹痛が増してきた。未希の顔が険しくなってくる。
「やっぱり病院送るよ」
「でも悪いです」
「こんなところで産まれたらどうすんだ、周りも赤ん坊もいい迷惑だ。待ってろ」
波多野はそう言い、タクシーを拾う。そして未希を抱きかかえタクシーに乗せた。
「病院は....どこ行けばいい?」
「お願いします」
未希はカバンの中から手帳を取りだし、診察券を波多野に見せる。
「的場クリニック....運転手さん、お願いします」
加奈子が車を走らせた直後に彼女の携帯が鳴る。
「未希?大丈夫?」
「あの、すいません」
「え?」加奈子は男の声に驚いた。
「あの、娘さんは病院に向かってますから、そちらのほうに来ていただけますか?」
「あの....そちら様は?」
「通りがかりの者です」
そしてタクシーは的場クリニックに到着。春子がすぐに出てきて波多野に、
「わざわざすいません!お名前は?」と言うと
「結構です。親切でやったわけじゃないんで」
波多野はそう言いタクシーに再び乗り込む。タクシーが走り出す。未希が手帳を車内に置き忘れていた。波多野はそれに気づき、手帳を開くと未希と智志のプリクラが貼られていた。それを見た波多野は心配そうに病院の方を振り返る。
加奈子が病院に到着した。
「未希!」
「あっ....お母さん」
「どう?つらい?」
「うん。思ってたより100倍くらいつらい....」
「大丈夫、きっと元気な子が産まれるからね!」
「ほんと?」未希が微笑む。
「うん!未希みたいな、元気な子!」
その頃、連絡を受けた忠彦は仕事のピッチをいきなり上げはじめた。
「次長....どうしちゃったんですか?」
「ちょっと今日は、早く済ませて帰りたいんだ」
「何かあるんすか?」
「いや、娘がさ....」
「中学生でしたよね?受験....でしたっけ?」
「うん。誰よりもすごい超難関校を受けてるんだ」
病院では予定日よりも1ヶ月早いが、春子の判断で自然分娩することになった。
「赤ちゃんは通常より小さいと思ってください。2000グラムないと....思います」
「えっ....2000?」加奈子は思わず絶句してしまう。
「でも34週越えてるので、自力で育つ可能性が高いです。小児科と連携を取って万全の対策で望みますので、安心してください!」
「....頑張ります」と未希。
「お、心強いね。でも今から頑張りすぎるともたないよ。最後の1時間は死ぬ気で頑張ってもらうんだから」
「....はい」
「また少し血圧が上がってるから、一応30分おきに来るけど、何かおかしなことがあったらすぐに呼んでね!」
「はい」
「未希さんもお母さんもリラックスしましょうか」
看護婦のひろみさんが励ます。
そこに健太がランドセル姿で駆けつけてきた。
「産まれた?おとこ?おんな?」
「まだだよ~」
「なんだよおっせ~な~、走ってきて損した~」
「病院では静かにしてください、おじ様!」と春子。
「おじさま~?」
「ごめんね、健太は「おじさん」になっちゃうんだよ」
「え~、おじさんなんてやだよ俺~」
「何言ってんのよ、私はおばあちゃん。お父さんはおじいちゃんになるんだから~」
春子は微笑みながら病室を後にする。そしてひろみさんと奥の部屋で話をはじめた。
「ちょっとお腹が硬いのが気になるね」と春子。
「心音は確かなので、このままで大丈夫だと思いますけどね....」
「一応、帝王切開の用意もしておいて。私も万が一に備えて関東医大に連絡しておくから」
「わかりました」

その頃、波多野は未希の手帳を持ち帰り、自分の編集室でそれを見ることに。手帳には未希の妊娠が発覚してからの葛藤や苦悩、喜びや悲しみが事細かに書かれてあった。その思いに波多野は動揺してしまう。そしてその動揺を隠すように煙草に火を付け、部下を呼びつけた。
「なあ、桐野静香の居場所はどうなった?」
「まったく情報があがってきません」
「もう死んじゃったんじゃないですか?会社は吸収されて生き残っても、本人は多額の借金を背負ってるんですからね」
「....そうか」

病室では未希にまた腹痛が襲ってきていた。
それを見て健太が、
「大丈夫なのかな....」とつぶやいた。
「うん?」と加奈子。
「こんなに痛いと、死んじゃうんじゃない?」
「勝手に殺すな~」と未希。
「心配なのよね。お姉ちゃんが」
「姉ちゃんじゃなくて....健一が」
「え?健一って誰?」
「名前決めたんだ。健太の「健」に、一番の「一」で健一にするんだ!」
「勝手に決めないでよ。女の子かもしれないでしょ」
「うん....そうね。でもちょっと痛みが強くなるのが早いんじゃない?大丈夫?」と加奈子。
「平気....これくらい....」
「健太、未希が喉乾いてるかも知れないから、お水取ってきてくれない?」
「え~、やだよ~」
「健一のためでしょ?」
「わかったよ、しょうがね~な~」
健太が病室から出ていったところで加奈子が未希に聞いてみた。
「未希、何かしてほしいことある?」
「え?」
「最後のワガママ聞いてあげる」
「最後?」
「だって赤ちゃん生まれたら、忙しくてそれどころじゃなくなるでしょ?甘える側でいられるのもわずかだから。好きなこと言いなさい」
「....電話」
「電話?誰に電話するの?」
「キリ....」
「ん?」
「あっ、遠藤先生。産む時は知らせるって約束したの」
「わかった....それだけでいいの?」
「うん....」

その頃、遠藤に電話が入る。
「あっ....そうですか、わかりました」

病院に忠彦が駆けつけてきた。
「おお~、未希。大丈夫か?
「あっ....パパ、来てくれたんだね」
「もちろんだ。もう仕事暇だから部下に任せてきた。お前の好きなシュークリーム買ってきたぞ~」
「ありが....ううっ....うっ....」未希に腹痛が襲う。
「えらく苦しんでるな。ずっとこんな感じなのか?」
「そうだけど....陣痛だから仕方ないだろうけど....」
「でも未希、ちょっと顔色悪いぞ。加奈子の時はこんなじゃなかったぞ?」
「え?」
「加奈子の時は、慌てて走ってきた俺を見て、冷やかしてきただろ?こんなに苦しそうじゃなかったと思うけど」
「え....」
「だから死んじゃうって言ってんだよ!」と健太。
「先生....呼んでくる!」加奈子が病室を飛び出した。
「健太、大丈夫だ。未希は死んだりしない。元気な赤ん坊を産むに決まってる。縁起でもないことを言うんじゃないぞ。今は黙って応援するしかないんだ。な?」
「....うん」

この頃、学校では電話を受けて、遠藤は校長たちに未希がいよいよ出産することを報告した。
「まずは無事を祈るしかないですね」と校長。
「産まれたら、生徒に知らせてもよいでしょうか?一ノ瀬を応援している子もいれば、反対している子もいます。ですが生徒たちが一ノ瀬を心配しているのは確かです」
「でも、私は賛成しかねます」教頭が言う。
「今さら生徒を刺激するのはやめましょう」と別の教師が話に入ってきた。
「あれほどの騒ぎを起こしたんですから、結果を伝えた方がいいと思います」と遠藤。
「でも、相手の男子生徒は母親の事業が失敗して、行方をくらましてるんですよね?下手に漏れたら、またマスコミを面白がらせることになるんじゃないですか?」
「職員会議を開きましょう。母親が何歳であろうが、生まれてくる子供に罪はありません。一ノ瀬さんの子供をどう受け止めるのか、我々は教師として問われているのでしょう。全ての教職員を呼びましょう」校長がそう言う。
「はい、わかりました!」

その頃、春子が未希の様子をちゃんと確認するために病室にきた。
「未希さん、返事できますか?」
「....はい」
「胎動はどう?お腹の中で赤ちゃん動いてる?」
「今までは動いていたんですけど....今は....」
「動いてない?」
「....はい」
「陣痛の痛みはどんな感じ?痛くない時とかある?
「痛いのは....大丈夫です....」
「我慢しないで本当のことを言ってくれる?これは大事なことだから!」
「すごく....すごく....痛いです!」
「ちょっと待ってて!」
春子が急いで超音波でお腹の様子を見る。春子の顔が一瞬で険しい表情に....。

その頃、波多野が車で桐野家を訪ねていくと、秘書が何やら看板を立てていた。
『管理地』
波多野が秘書に話しかける。
「おたく、新しい経営者の元に残られるんですね。桐野静香と一緒に会社を出ると思ってましたよ」
「桐野前社長にそうしろと命じられましたので」
秘書が車に乗り込み、どこかへ向かっていった。
波多野もそれを追いかける。

「一ノ瀬さん、ちょっとこちらへ」
春子が加奈子と忠彦を別室に呼び出した。
「未希さんをこれから総合病院に搬送して、帝王切開の手術を行います」
「えっ?自然分娩できるって....」
「母体と胎児をつなげる胎盤が突然剥がれかかっているんです。胎児早期剥離といって、予測不能かつ誰にでも起こりうることです。ただ、一刻も早く手術をしなければ危険です」
「こちらの病院では手術できないんですか?」
「胎児は仮死状態に陥る危険性が高いので、小児科の設備の整った総合病院で手術した方がいいと判断しました。もちろん、私も立ち会います
「もしかしたら、赤ちゃんが助からないかもしれないんですか?」
「五分五分です」
「まさか、未希まで危ないってことないですよね?」
「申し上げにくいですが....ゼロではありません」
「ええ....?」
「そうならない為に、母子ともに助けるために総合病院で最善の処置を取りたいんです!」
「どういうことだよ....」忠彦がうろたえる。
「....先生、よろしくお願いします」と加奈子。
「加奈子....」
「未希がいちばん不安なんだから、私たちが取り乱してもしょうがないでしょ?」
加奈子はそう言い、未希の元へ向かう。
そしてしばらくして救急車が病院に到着した。
「未希!未希、心配いらないからね」加奈子が未希の手を強く握りしめる。
「俺も握るよ。ハハッ、久しぶりに未希と手握った!」
健太も未希の手を強く握りしめる。
未希が救急車に運ばれていく。そこにマコト夫婦も駆けつけ、加奈子と忠彦、春子が救急車に同乗した。
「マコト、あとお願いね!」「頼む!」
「わかったよ!未希~、頑張れよ~!」
「ジミが赤ちゃん待ってるから~!」
マコト夫婦が手を振り、未希を応援する。それに未希も意識がもうろうとする中、手を振り返した。
「俺も行く!」健太が救急車に乗り込もうとする。
「夜中になるかもしれないんだ!健太はマコトおじさんのところで今日は泊まっていきなさい!」と忠彦。
「やだよ!俺も行く!」健太は泣きながら訴える。
「健太....」加奈子も涙ぐむ。
「健太!男だろう、留守を守れ!」
そう忠彦に言われ、号泣する健太をマコトが抱きしめる。
「姉ちゃんは絶対大丈夫だよ。絶対....絶対だ」

(参考・どらまのーと)