第6話「私にも....母子手帳くれますか?」

「ありがとうはまだ早いかもしれないわ。私、まだあなたに何も教えてない。退学の手続きはちょっと待って。あなたがこの学校を卒業できる方法がないかもう一度考えてみるわ」
遠藤が未希にそう告げた。

家に帰った未希は家族にそのことを話した。
「断ったの?」と母が驚く。
「うん。無理しないでくださいって言った」
「なんでよ?せっかく先生、考えてくれるって言ったんでしょ」
「もう、めぐみたちに嫌な思いをさせたくないの」
「でも、待ちましょうよ。もし卒業証書だけでも....」
「余計な期待はするな。学校の先生は同情して言ってくれたんだろうが、妊娠した生徒に卒業証書を出すほど学校は甘くない」
「だよね。学校行かないで卒業なんてズルだもんね」
「でも、あんなに苦労して学校に入学したのよ。少しでも可能性があるのなら....」
「よせ。親がまだ受け入れられないっていうのに学校が認めるわけないだろう」
「ちょっとあなた....」
「なんだ往生際が悪いっていうのか?悪くて当然だ。俺だって会社での立場ってもんがあるんだ
そこへ健太が帰ってきた。友達と児童館に行く予定だったがドタキャンされたらしい。
一人ゲームをして遊びだす健太に未希が一緒に対戦しようと話しかけた。
「いや、いい。姉ちゃんとはもう遊ばない」
「わあ、フラれた!」

その頃、波多野が書いた記事が週刊誌に載ることが決定した。波多野は煙草をふかしながら笑っている。
「楽しいねー、書いてナンボだね。編集長なんてクソくらえだよ!」
すると部下の女性が、
「楽しんでいていいんですか?桐野さん、訴えるって言ってるんでしょ?
「何されるかわからんが、人生生きてりゃ色んなことがあるんだよ。お前は気にするな」
波多野はそう言い、自分が昔撮った写真を眺める。

一方の静香は波多野と全面的に対決することを決め、智史に「学校を休んでほしい」と言い出した。
「こんな記事が出たの。アンタわかるわね?実名は出てないけど『カリスマシングルマザーとしてまつりあげられいい気になってる女社長』これ、誰が読んでもママってわかるよね。それでここ、よく見なさい。『名門中学に通いながら女の子を妊娠させたバカ息子』これアンタのことよ。でも慌てることはないわ。ママは今までマスコミを散々利用するだけしてきたから何かあったときは叩かれるのは承知の上よ。ただ、アンタの将来に関わることだけは許せないの。これから対策を考えるから、事態が落ち着くまで学校休みなさい。外にも出歩いちゃダメだからね」
「....学校は休まないよ」
「学校で冷やかされても、道で知らない記者に話しかけられても「僕は知らない」って言い通せるの?」
「でも....僕は休まないから」
「....」

その頃、未希は産婦人科に定期検診を受けにきた。
「どう?どこか具合が悪いところは?」
「....いいえ」
「やせ我慢は禁物よ。あなた一人の体じゃないんだからね」
「本当は....時々、気分が悪くなることが....」
「それなら大丈夫。聞いたことあると思うけど、これをね「つわり」っていうの。分かりやすく言えば、赤ちゃんからのサインかな。お腹が大きくなるのはまだ先だけどあんまり無理しないでねってことなの」
「はい」
「さて、今日は大事な話をふたつします。まず一つ目は、来週から妊娠12週目に入ります。前にも言ったけど、12週からは中絶はすすめられません
「....はい」
「そして二つ目は、病院探しました。14歳の出産を受け入れてくれるところ。率直に言って、リスクが高いから拒否する病院の方が多いの。だから、私探すのやめました」
「....えっ?」
「うちで引き受けます。あなたはここで未熟児で産まれたの。そのあなたが立派に育って、今母親になろうとしている。その縁を医者として、いや女として大切にすべきだと思いました」
「....先生」
「....ありがとうございます」
未希は頭を下げた。
「総合病院と連絡を取って万全の体制で望みますので、しっかり言うことを聞いてもらいますよ!」
「はい!」
「まずは、あなたと赤ちゃんの体調を知るために、毎日体温と体調の記録をつけてもらいます。おかしなことがあったらすぐ私に連絡すること!いいね?」
「はい」
「それから....何があっても心をできるだけ穏やかにしておくこと。これは相当難易度高いけど、できる?」
「はい」
「よし!それじゃあ今日は血液検査して終わり!」
未希が血液検査をするために処置室に入る。付き添いの母がそれを見つめる。
「先生、本当にありがとうございます!未希がどれだけ心強いか.....」
「まだ....ご存知じゃないんですね」
「....はい?」
春子は引き出しから週刊誌を取り出し、加奈子に記事を見せた。それを見て加奈子は呆然とする。

この頃、職員室では教師たちも週刊誌の記事に気付き、緊急会議を開いた。
「大きな騒ぎになる前に一ノ瀬を退学処分にするべきですよ。うちの生徒だとバレたらどうするんです?」
「来年の入学希望者にも影響しかねませんね」
「一ノ瀬さんはどう言ってるんですか?」
校長が遠藤に問いかける。
「あの....」
「退学を拒否してるのですか?それなら話し合いを」
別の教師が話に割り込んできた。
「いえ、本人は自主退学を申し出ています」
「そうですか、本人がそう希望しているのなら問題ありませんね
「では手続きに入りましょう。もちろん投げ出してはいけません。公立の受け入れ先をすぐに探しましょう」
「本人は....拒否するでしょうね....」
「教育委員とかけあっては?」
遠藤は複雑な表情を浮かべていた。
「どうしたんだよ」
教室へ向かう遠藤に恋人である原口が声をかけた。
「.....何が?」
「何か言いたそうだっただろ」
「私ね、一ノ瀬を退学させたくないの」
「え....何で?」
「何でだろう。自分でもわかんない。あんなに成績もイマイチでとんでもないことやらかした子なのに....」
クラスでも週刊誌の話題がのぼり、生徒たちにも動揺が広がっていた。
「でも、ちょっとかわいそうだよね」
「やりたい放題のとんでも女子学生って....ちょっと言い過ぎじゃない?」
「自業自得だよ!」
めぐみは未希のことについて相変わらずな態度を見せている。
「もうやめたら?」
柳沢さんが雑誌を取り上げてゴミ箱に捨てた。
「なんなの?この間からいいカッコして」
「アンタが後悔する....いや、もうしてるんじゃない?ホントは寂しいんでしょ、一ノ瀬のこと親友だって思ってたのに突然彼氏と赤ちゃんにとられたから」
「わかったようなこと言わないでよ!」
この頃、智史も学校内でからかいの対象になっていた。
「やるなー、お前勉強だけかと思ってたら!」
「やっぱ金持ちは違うんだ」
「うらやましー!」
ノートには「バカ息子」と書かれていた。

静香も記事のことについて取引先から言及され、電話で説明する。
「嫌なこと言わないでくださいよ、事実なわけないじゃないですか。根も葉もないことを書かれましてね、こちらも迷惑してるんですよ。いいえご心配なく。お騒がせいたしましたわ」
静香は平然な態度を取っていたが、実際はかなり追いつめられており、仕事にも支障をきたしはじめていた。
「こんな風に手のひらをかえすような相手はこっちからお断り!火元を消してくる!」
静香は急いでコートを羽織り、秘書にそう伝えて出かけていった。

父も職場でこの週刊誌の記事を知り、トイレに隠れて妻にすかさず電話をかけた。
「もしもし、おい....どういうことだ?何なんだよ!やりたい放題の女子学生って!」
「未希には....見せない方がいいわね」
「当たり前だ!こんなモン見せられるか!」
「でも、他の人から知るより、私たちが見せた方がいいかと思ってるの
「何言ってるんだ!これ読んで、未希がもしショックで流産したらどうするんだ!」
「驚いた。あなたがそんなに心配してくれると思ってなかったから」
「俺はな、赤ん坊が憎くて産むのに反対してるわけじゃないんだ。ただ、ただ未希が可愛いんだ!幸せになってもらいたいからなんだ!それだけのことなんだよ....」
父の定期入れには未希と健太の写真が入っている。
「そんなことわかってるわよ。大丈夫。未希のことは私に任せて」

母はこの日、何週間ぶりにパート先のファミレスに出勤した。未希のことで色々と忙しくなることを想定して休みを取っていたのだ。
「チーフがいないと大変なんですよ」
「それにチーフ目当てのお得意さんもいますしね」
振り返ると波多野が呼んでいた。
「あっ、お久しぶりですねー」
「そうですね....」
「会いたかったな」
「お客さん冗談キツいですよ。他のお客さんに誤解されますから」
「冗談じゃありません。会ってちゃんと挨拶しておきたかったんですよ」
波多野はそう言い、母に週刊誌の記事を見せる。
「その顔はもう読んでいただいたんですね。それなら話は早い。実はこれ....俺が書いたんです」
波多野が名刺を見せる。
「桐野さんのことは取材で知りました。まさか息子さんの相手があなたの娘とは思ってもいなかったもんで」
「....」
「驚かせてすいません。黙ってここに通うのもアレかな、と思って。あ、いや、記事について謝罪しているわけじゃありませんよ。無責任なガキばかりじゃ日本はダメになってしまう、そう思ってるのは本当です。では、また」
立ち去ろうとする波多野に母が...
「待ってください。どうしてこんな嘘書くんですか?」
「嘘?事実しか書いてないつもりなんですが」
「未希は....娘は、あなたが書くような「やりたい放題」の中学生なんかじゃありません!」
「親の金でお嬢様学校に通って、勉強もせずに男作って子供おろして、何事もなかったかのように学校に通ってる。これ、やりたい放題なんじゃありませんか?」
「娘は子供を産みます。学校も辞めて子供を育てたいと言ってるんです!」
「正気の沙汰じゃない....」
「私もそう思いました。でも娘は自分のしたことを考えて考えた結果、娘なりの答えを出しました。だから私も娘を守ります、人様に迷惑がかかるなら一緒に頭を下げて回るつもりです。何も知らないくせに勝手なことを書かないでください!」
母は涙を浮かべながら店の奥へと戻っていった。

翌日、未希は春子から言われた通り体調の記録をノートに書くことに。
「9月18日、的場先生の病院。血液検査....」
だがそこから筆が全く進まず、文章におこすことができない。そこで未希はDJのようにカセットに体調の記録を吹き込むことを考えた。

ハローベイビー、9月18日の記録です。
親愛なる的場先生に勧められて始めました。
今日の体調はマル、体温は36.56度。
血液検査は痛かったけど病院が決まって
「やった~」って感じです

玄関の戸の音に、未希はいったん録音を中止した。
健太が帰ってきた。
「あれ?まだお昼だよ。学校は?」
「早退した。腹痛」
「え、大丈夫?」
「うん。だって嘘だもん」
「何それ、ダメだよ。ズルなんて」
「自分はどうなんだよ!誰のせいだよ!」
「誰のせいって....」
健太が家を飛び出していった。するとインターホンが鳴ったので未希がドアを開けると静香がいた。
「あの、桐野ですけど。ちょっといい?あなたと話したいの」
静香が未希に週刊誌の記事を見せる。未希が記事を知ったのはこれが最初。
「驚くのも無理ないわね。うちと違ってこんなこととは無縁だったでしょうから....」
「あの、桐野くんは?」
「うん、大丈夫よ。内心はつらいんだろうけど、気にしないって言って学校に行ってるの」
「そう....ですか」
「心配いらないわ。こんな雑誌の書くことなんか、知らぬ存ぜぬを通せばね、そのうちみんな忘れちゃうから」
「....はい」
「でも、あなた、子供を産むってことになったらどうかしら?そんなこと知りませんって言い通せるのかしら?」
「それなら大丈夫です。桐野くんが父親だってことは誰にも言いません」
「ありがとう。息子のことも心配してくれてるのね」
「はい」
「でも、そんなこと通用しないわよ。だって実際に赤ん坊はこの世に生まれて出てくるのよ、証拠を出してるようなもんじゃない。いくら否定したって、いいや、否定すればするほど、息子が父親だってみんな思うでしょ?そんなことになったら、智史の人生はどうなるのよ!」
「....」
「あなた....本当に智史のことが好きだって言ってくれるんだったら、そこのところ、ちょっと考えてもらえるかな....ね?」
「....」
未希の肩に手を置き、しばらく彼女を見つめた後、帰ろうとする静香に未希がこう続けた。
「好きです。だから桐野くんにはもう会わないって言いました!迷惑はかけないようにします!」
「無理よ!私はよく知ってるの、女が一人で子供を育てることがどんなに大変なことか。私も籍を入れずに子供を産んだから大変だったの!口じゃとても言い表せないほど大変だった。あなたも産めば思い知るわよ。あなたの家庭だって、周りからどんなこと言われるかわかったもんじゃないわ」
「....」
「あなたのお母さん、世間知らないようだから私から教えてあげるわ。世の中って、人と違うことをする人間には信じられないくらい冷たいの!....よく覚えておきなさい」
静香は未希の顔を凝視した後、その場を去った。
その時、家の電話が鳴る。
「もしもし....えっ、先生?はい....健太が?」
未希が家を出ると、近所の主婦たちが未希を見ながらひそひそ話をしていた。
「あの子よ!週刊誌に載ってたの」
「そんな子には見えないんだけどね」
「うちの子と同い年ぐらいよ」

担任の遠藤が健太と公園にいるのを見かけ、未希はその場にかけよった。すると健太は遊具にそっと身を隠した。
「あなたのお家に伺う途中で見かけたの。学校のある時間なのに一人でいるなんておかしいかなと思って」
「たぶん私のことで、友達に言われたんだと思います。すいません、学校にも迷惑かかってるんですよね」
「無責任なことを言って悪かったわ。やっぱり一ノ瀬さんには退学してもらうことになりそうなの」
未希がうなずく。
「大丈夫です!楽しかったから!」
未希が続ける。
「先生が「考えてみる」って言ってくれたこと、忘れません。だって先生は遠い人だって思ってたので」
「....そう?」
「友達は離れていっちゃったけど、最後に先生と話ができて良かったです。だから私、いつかもう一度学校に行きます!夜間の高校か専門学校か、何年後になるかわかんないけど、いつか!」
「....そう」
未希の言葉を遊具の陰から聞いていた健太は突然、走り去っていった。
「あっ....健太!」
未希は遠藤に会釈をし、弟を追いかける。
そして未希は健太を見つけ、歩いていく健太の後ろをついて未希は健太に話はじめた。
「....いじめられたの?」
健太は無視して歩き続ける。
「それとも....無視されたの?あれいちばん嫌だよね。私も小学生の時、一回だけやられたことあるの」
「で?」
「....えっ?」
「どうしたの?無視されて」
「あっ、「無視すんなー!」って言ってやった」
「オチ弱いなー、つまんねー」
「....ごめん」
「謝んなよ。そんなことで」
「でも、ごめんね。私は健太にも迷惑な思いさせるとは思ってなかったんだ」
未希が続ける。
「ちょっと....まいったよ」
「じゃあ....やめんのかよ」
「えっ?」
「子供だよ!産まねえのかよ!」
健太が続ける。
「産めよ!俺の....手下にするから」
二人はその後、マコトとひなこの店へ。マコトは二人で来たのが久しぶりだったので少し嬉しがっていた。
「何だよめずらしいな。日本一仲の悪い姉弟が」
「おじちゃんとお母さんほどじゃありません!」
「なんだよ未希、意外と元気そうじゃん」
「元気だよ~。ねえジミ」
未希はジミのもとへかけより抱きついた。
「おっ、そうだ!いいのが手に入ったんだよ~、ギブソンのハミングバード1961モデル!これでジョンレノンの「マザー」を弾くと鳥肌もんだぞ。健太!聴いてくれ」
と言い、マコトは弾き語りを始めるが健太に「うるさい」と一喝されてしまう。
「ツッコミはえ~よ」
落ち込んだマコトは未希に話しかける。
「なあ、なんかリクエストとかない?」
「....ある」
「あるなら言ってくれよ」
「あの....私をここにおいてほしいの」
「....え?なんて言った?」
「もちろんタダでとは言いません。店のお手伝いとか掃除とかできることは一生懸命するから」
「未希....なに言って....」
「私、家にいないほうがいいのかな....って」
「....」
その夜、家に帰った未希は家族に「家を出ていきたい」という意向を伝えた。
「ちょっと待て、この家を出ていく?未希が何で....?」
未希に忠彦が驚いた表情で返答した。
「私がここにいると、健太がいじめられるの」
「週刊誌のことなら気にするな。こんなくだらん雑誌は誰も信じていない。大体、未希の名前が出てるわけでもないんだぞ」
「でも、近所の人も知ってるみたいだし....この先、お腹が大きくなったら....健太、何言われるかわかんないよ」
「だからって....」
「健太だけじゃなく、家族みんな色々言われると思う。パパ、せっかく次長になったのに会社辞めさせられるかも知れないよ」
「何言ってるんだ!そんなことで会社をクビになってたまるか!」
「お母さんも、パートで仲間外れにされるかも....」
「そうね、嫌味とかいっぱい言われるかもね。親のしつけが悪いとか、親が甘いからだとか。近所も挨拶してくれる人がいなくなるかもね。町内会のクリスマス会、今年はお声がかからないか~、結構楽しかったのにな~」
「おい....加奈子!親なら止めるべきだろう!」
「わかってるわよ。未希、綺麗事を言ったってしょうがないの。14歳で子供を産むっていうのはそういうことなんじゃない?でも、未希はそれでも産みたいんでしょ?それなら今更、フニャフニャ出ていくとかそんなこと言うのはナシよ。今出てったって何も変わらないの、14歳で産んだ赤ちゃんはいくつになっても14歳で産んだ子供なの。隠れてしまったら一生、ここには戻れなくなるの。ママの美味しいご飯も食べられなくなるし、パパのくだらない冗談も聞けなくなることなの。未希、いいの?」
「....やだ」
「うん。だったらここで踏ん張るしかないのよ。この家で家族4人、一緒に頑張るしかないの」
忠彦も未希に、
「未希、お前はうちの子なんだよ。未希が赤ん坊の母親になっても未希はうちの子だ。よし、パパも腹決めた!産むんだったら、ここで元気な子を産め!」
「....パパ」
「大丈夫、心配するな。健太は俺が男として鍛えてやる!イジメっ子が来ても、負けない男にしてやる!
忠彦が健太を抱き上げる。
「無理だよ~、運動神経ないくせに~」
「うるさい!こんなのに負けないように、頑張るって言ってるんだよ!」
忠彦はそう言い、週刊誌をゴミ箱に投げ入れようとしたが外れてしまう。
「なんだよ、こんな距離なのに失敗してんのかよ」
「うるさい!今のはちょっと投げるタイミング間違えただけだよ、もう一回やらせてくれ」
「また、失敗するかもよ」
未希は久しぶりに笑った。

未希は夜中、自分のベッドにもぐり、目からぼろぼろと涙をこぼし....

-ごめんなさい、パパ。ごめんなさい、ママ。ごめんね、健太。こんな娘で、こんな姉でごめん。ごめんって言うことしかできなくてごめん。私、何ができるかな....いつか、みんなに何が返せるのかな....-

ひくひくと泣いていた。

翌朝、静香は智史に学校で何かされてるんじゃないかと聞いた。このあいだ、制服が非常に汚れた状態で帰ってきたことがあったからだ。
「じゃあ、行ってくる」
「ちょっと待ちなさい。何か隠してるでしょ」
「....え?」
「カバン貸しなさい」
「なんで?」
「貸しなさい!」
智志のカバンを奪い取り、中身をあさる。すると落書きされたノートや教科書がたくさん見つかった。
「智史、学校休みなさい。こんなことされてまで行くことないから。やっぱりアンタは留学した方がいいと思うの。このまま高等部に進んだってロクなことないわ。遠くに行ったほうがいいの」
「留学はしないよ」
「あの子ったら本当に産むつもりらしいわよ。そしたらね、この程度じゃ済まされないのよ!人生には、して意味のある苦労と無意味な苦労があるの。それしか道のない人はしょうがないわ。だけどアンタにはいくらだって選択肢があるじゃないの!」
しかし息子は言葉を受け入れず、床に散らばった教科書を広い集めて、出かけようとする。
「なに意地になってるのよ!」
「意地になんかなってないよ!約束したんだ」
「....約束?」
「アイツは俺に「私は一生懸命子供を育てるからキリちゃんは一生懸命勉強して自分がなりたいものになってくれ」って言ったんだ!だから俺も今の学校で頑張る。アイツの分も俺は頑張らなくちゃいけないんだ!
智史はそう言い、学校へ向かっていった。
「アイツ....アイツって....何...何よ!」
静香は床に崩れ去り、涙を流した。
智史が玄関を出ると、一人の男が立っていた。
「おはよう。俺のこと覚えてる?
「....誰ですか?」
「覚えてないよな、こういうもんだけど」
男は名刺を差し出した。
「....波多野....」
智史は波多野に軽蔑した視線を投げかけて無言で歩きだした。
「単刀直入に聞かせてもらうよ。君の彼女さん、お腹に赤ちゃんがいるんだって?」
智史が振り返る。
「その顔は本当なんだな。で、君どうすんだ。一緒に育てるのか?でも、育てるにしても君のお母さんは許してくれないか」
波多野が続ける。
「それとあれか。後は彼女さんに押しつけて、自分は将来のために勉強か。いい身分だな。世の中には飯すら食えずに死んじゃうガキもいれば銃持って戦争に行って死んでいくガキもいるんだよ。でも....お前にはわからないか」
智史が波多野をにらみつける。
「お、なんだ。そんな顔ができる身分か」
「僕は....」
「うん、何が言いたいんだ?」
「僕は....いや、俺だって....」
智史はそれ以上言わずに立ち去った。
波多野は不敵な笑みを浮かべた。
この頃、教室では未希の担任の遠藤が未希の処分について説明していた。
「今日はみなさんにお知らせがあります。一ノ瀬さんのことですが、残念ながら本校を....あっ....ごめんなさい。ちょっと自習しておいてください」
遠藤はそう言い、職員室へ向かった。そして校長に...
「一ノ瀬さんを退学ではなく、休学にすることはできないでしょうか?確かにうちは私学です。生徒を選ぶ権利もあります。ですがそれを言うなら、一ノ瀬未希を我々は選んだんです。選んだ以上、義務教育が終わるまで見なければいけないんじゃないんでしょうか?」
「おっしゃる通りです。ですが他の359人の生徒のことも考えなくてはいけません」
「でも、他所に押しつけても籍を置くだけで卒業証書をもらうことになってしまいます。本当にそれでいいのでしょうか?」
「私は一ノ瀬さん本人の意思次第だと思います。もし一ノ瀬さんが何を言われようとここに戻りたいと言うのなら、そしてそのための努力をすると言うのなら、風にさらされる用意はありますよ」

-ハロー、ベイビー!今日の体調はマル、体温は36.47度。今日は病院で先生がはじめて赤ちゃんの心臓の音を聞かせてくれました。ドクン、ドクン、ドクン。小さいけどとても確かな音でした。私が泣いたり悩んだりしていてもしっかりと生きていてくれました。今の私にできることは、この命を大切に育てることだと思いました!-

未希はその日、雪が舞う中、ひとりで保健所を訪れた。
「あの、母子手帳をいただきたいんですが....」
「母子健康手帳は生まれてくる子供の母親本人の確認がなければお渡しできないんですよ。娘さんにはお渡しできませんのでお引き取りください」
「あの....私が本人です」
「....はい?」
窓口の担当者とその他の職員たちが未希たちに驚きの視線を送る。
「私の....母子手帳をいただけますか?」
未希はまっすぐな視線で担当者を見て、そう言った。

(参考・どらまのーと)