第5話 「初恋が死んだ日」

未希の「産みたい」という強い意思を聞いためぐみや柳沢さんたちクラスメイトは動揺を隠せず、職員会議では教師が集まり未希の退学に向けての話が進められた。
「お母さん....」
学校帰り、未希が母に手をさしのべる。しばらくその手を見つめたあと、母は未希の手を強く握りしめた。

その頃、智史は静香と海外に行くために空港にいた。しかし智史は空港から引き返したいと言い出した。
「やっぱり逃げるのは嫌だ。アイツはものすごく傷ついてるんだよ。身体も心も。俺だけやり直せないよ」
「そうね、子供おろして傷つかない女なんていないわ。でも、アンタに何ができる?アンタがクヨクヨして、あの女の子の傷が癒えると思う?違うでしょ。そりゃ生きてりゃいろんなことがあるわよ。でも、いちいち立ち止まってどうすんのよ。男なら常に戦わなきゃ、ママを見てごらんなさいよ。一度だって立ち止まったことがないの。いつも死ぬ気で頑張ってきたもの」
「いろんなことの一つじゃないよ」
「....えっ?」
「他のこととは違うんだよ!」
「智史!....どこ行くの!」
息子は空港を走り去った。

その頃、一ノ瀬家では娘と母が話し合っていた。
「どうしても....未希の気持ちは変わらないの?」
「うん」
「こんなにママとパパに反対されても?」
「....うん」
「未希は「赤ちゃんに会いたい」って言ってるけど、そんなに甘い言葉で片付けられる問題じゃないよ。ママ、病院の先生に聞いてみたの。未希と同じくらいの年で子供を産んだ人のことを。多くの人が育てられなくなって親や施設に預けたり養子に出したりしてるのよ。だから会うってことは....とても大きくて重いことなの」
「覚悟してる。会ったら....死ぬまで....離れない」
「だったら....まずパパにわかってもらわなきゃね。健太にも。未希だけじゃなく、パパもママも健太も家族全員が覚悟しなきゃいけないことだから。ね?」
「....うん」
そこへ父と健太が帰ってくる。未希が二人に話を打ち明ける。

-未希、あなたがはじめて歩いたのもこんな夕日の中だったの。大地に足を踏みしめて、一歩一歩行く小さなあなたを思い出しながら、お母さんは心を決めました。あなたがどこへ行こうとも、見守っていこう。たとえそれがどんなに険しい道だとしても-

未希は両親と一緒に病院を訪れ、自分の思いを春子に打ち明けた。
「赤ちゃんを....産む?」と春子。
「はい。先生....よろしくお願いします」
「ご家族で相談した結果ですか?」
「はい」と母は答えたが
「いいえ」と父は険しい顔をしている。
「お父様が「いいえ」とおっしゃってますが....」
「あの、家内は娘の希望を叶えたいと申していますが、私はとても....いや、絶対に賛成できません。是非とも先生から娘の出産を止めていただきたいと思い、同行しました」
「私は医者です。気持ちはわかりますが、出産するかどうかを強制する権利は私にはありません」
「でも先生は、未希の年齢で出産をすることは危険なことだっておっしゃったんですよね?」
「それは言いました。医学的な事実ですから」
「だったらもう一度言ってやってください、この二人に!お願いします!」
「わかりました。ではお父様も一緒に聞いてください。
妊娠を知ったときに「ただ産みたい」って思う人は多いんです、特に若い人は。これは本能的なもので、子供なんか大嫌いだったのに自分の知らなかった母性が沸いてきて、びっくりする人もいるくらい。でも未希さんのように、15歳以下の低年齢出産や、または50歳以上の高齢出産は高いリスクの出産になります。症状としては子宮破裂や子癇発作などでしょうか。最悪の場合、子供の命か母親の命、どっちかを選択しなければいけないケースもあるんです
「やっぱりダメだ、産むなんてダメだ!先生、止めてください!未希....本当に....」
「パパ!先生と話させて!....健康な赤ちゃんが産まれてくる可能性もあるんですよね?」
「もちろん。実際にはそっちの可能性の方が高いね。でも命にかかわることだから最悪の場合も考えるのは当然だと思うけど」
「先生....頑張らせてください。体とか大事にします。先生の言うこと聞きます。ですから....お願いします!」
未希が頭を下げた。それを見て母も頭を下げる。
「おい、お前まで何やってるんだ!親として止めさせるのが義務じゃないのか!」
「大きな声出さないで」
「出すよ!今出さないでどうするんだ!」
母が父を診察室の外へ連れ出す。
「怒鳴ったって、未希の考えは変わらないの!」
「お前はそれでも母親か!娘が間違った方向へ行こうとしてるのに....お前は止めないのか!」
「止めたわよ!何十回も止めた!あなたの何倍も、産むことのつらさ知ってるんだから!」
「だったらな....縛りつけてでも手術を受けさせろ!俺は絶対に産むことに反対だからな!」
「ほんとにそんなことできる?それで....未希が幸せになれるのかな....」


「大丈夫かな。お父さんはともかく、これからたくさんの人があなたに背を向けるかもしれないよ」と春子。
「私....約束します。もう絶対に泣きません。私、小さい頃から泣き虫で、よく親に怒られました。でも、もう二度と泣きません。どんなにつらいことがあっても赤ちゃんのために強くなります。だから....信じてください!」
「そう、わかりました。そこまで言うなら私も止めることはできない。ただ、さっきも言ったように若い出産だからうちで引き受けられるかどうかはスタッフと検討させてほしいの」
「....え?」
「大丈夫よ。もしうちでダメってことになっても、医療体制の整った病院を紹介するから」
「....はい」
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
母が涙ぐみながら頭を下げた。未希も頭を下げる。
「はい、わかりました!未希さん....頑張りましょう!」
春子が微笑みながらうなずく。それを父はじっと母の横で見つめていた。

その頃、学校では未希の話題で持ち切りだった。
「私たち....どうなるの」
「未希の言うことはわかるけど、うちの学校のイメージ
がた落ちだよ」
「私....なんかイヤ!」
すると、柳沢さんがクラスメイトたちに....
「アンタたち、そんなに学校好きだったの?」
「柳沢さんは、賛成できるわけ?」
「全然。ただのバカだと思う。けど、他人がどうこう言う問題じゃないでしょ?」

職員室でも未希の件についての会議が行われている。
「やはり....退学しかないんじゃないんですか?」
「義務教育中の生徒をそう簡単に退学には出来ないでしょう」
「公立に転入してもらえればいいじゃないですか。うちは私立中学です。生徒を選ぶ権利があります」
「確かに、もし本当に子供を産むなら、生徒たちへの影響が大きすぎますね」
「でも、反面教師にはなったかもしれないですね。異性と結ばれたら妊娠することさえわかってない生徒もいますからね」
担任の遠藤は教頭に口を開いた。
「では、遠藤先生は担任として一ノ瀬を受け入れられるとおっしゃってるんですか?」
「いいえ、そういうことではありません。お腹が大きくなった生徒がいては学級経営は出来ませんから」
「当然です!一日も早く退学させましょう!」
「待って下さい。即刻切り捨てでいいのでしょうか?」
「しかし校長、表に出たら大変なことになりますよ!」
「遠藤先生、あなたもそうお考えなのですか?」
「はい、一人の道を踏み外した生徒より、他のまともな生徒を守るべきだと考えております」

その日の夕方、遠藤は一ノ瀬家を訪ねると、家の前のブロック塀に腰かけた健太がいた。
「誰?」
「未希さんの弟さん?聖林女学院の者ですが、おうちの方はいますか?」
「いないよ。姉ちゃんもママも病院」
「そう....じゃあ待たせてもらってもいいかしら?」
「怒りにきたの?姉ちゃんのことを」
「....え?」
「教えてよ。俺わかんないんだよ、姉ちゃんに文句言ってもいいのか。人を殺したんなら「バカヤロー」って怒れるけどさ、人が産まれてくるんでしょ?どう言えばいいのかな、ほんと....
そこへ、二人が帰ってきた。
遠藤が未希の件で家庭訪問に来たことを伝える。
「私は、学校は勉強を教えるところだと思ってます。人生を教えるのは家庭なんです。ですから、どうしろとはこちらからは言えません」
「....はい」
「ですが、妊娠した生徒をクラスに迎え入れることは私たちでは出来ません。産むつもりでしたら自主退学をしてもらうしかないと思います」
「....はい」
未希は口を開いた。
「ただ義務教育中はどこかの中学に籍を置かなくてはいけないので受け入れ先についてはこちらの方で探します。
よくお考えのうえ、お母様お一人でいらしてください。
一ノ瀬さん、あなたが来たら....授業にならないの」
「そっか....ですよね。わかりました」
玄関先で遠藤が未希に話しかけた。
「一ノ瀬さん、何か、してほしいこととかある?」
「いえ、何も....」
「そう。もしも何かあったら連絡ください。じゃあ」
遠藤はそう言い帰っていった。未希は外まで遠藤を見送りに行ったその時、突然誰かに声をかけられた。
「あなた....一ノ瀬未希さん?」
その声は静香だった。
「桐野です、智史の母親です。智史は?いるんでしょう?ちょっとお邪魔させてもらうわ」
そう言うと、静香は息子の名前を呼びながら勝手に玄関に上がり込んできた。すると二階から健太が降りてきて、
「....誰ですか!?」
静香は冷静さを取り戻した。
「どうしたんですか一体?息子さん、見えてませんよ」
「そうよね....失礼。あ、これ、遅くなりましたけど、お見舞いです。受け取ってください」
そう言い帰ろうとする静香に未希が...
「あの!キリちゃ....桐野くん、旅行に行ったんじゃないんですか?」
「そのつもりだったんだけどね。智史ったら気がすすまないって空港から一人で帰ったの。それっきり、夕べは家に帰ってこなかった。あちこち心当たりを探したんだけど、どこにもいなかった。あなた、何が聞いてないかなと思って」
未希は首を横に振った。
「本当に知らないの?智史はあなたのことが気になって
出発できなかったのよ?」
「私の?」
「あの子は本当に優しい子なの。自分のせいであなたが中絶....命が失われたって、ずっと自分を責めてるの」
「あの....失われていません」
「....えっ?」
「私、手術は受けてません」
「まさか....産むって言うんじゃないでしょうね?」
未希は黙っている。
「本当に言ってるの?」

母は未希を二階の部屋に一旦戻した。静香が怒鳴る。
「どういうこと!あなた母親ならちゃんと言ってあげなさいよ!急がないと間に合わないわよ!」
「....はい。あの....
「ちょっと....えっ、冗談でしょう?先に言っておきますがね、そっちが勝手に産んだってうちの子は父親になんかなりませんからね!それでなくたって今回のことで智史は今までの智史じゃなくなったのに!絶対にあの子は渡さない!私はたとえ死んだってあの子をアンタたちに渡さない!」
「娘はそんなこと望んでません!」
「当たり前じゃない!二度と会わせないわよ!」
静香は家を出ていった。

未希は智史の携帯に電話をしてみるが留守電だった。ふと以前智史が「死んでもいい」というようなことを言ってたことを思い出した未希は部屋を飛び出して出かけようとする。
「どこ行くの?」
「キリちゃんのこと、探してくる!」
「やめておきなさい」
「なんで?」
「自覚して。今は未希ひとりの体じゃないんだから」
「....」

静香は息子の部屋に行方の手がかりになりそうなものがないかと机の引き出しなどをおもむろに探していた。
すると二人が写っているプリクラを見つけ、
「こんなことしてるから....」
と言い、ゴミ箱にプリクラを捨てた。
そこへ誰かやって来た。週刊誌編集長の波多野だった。
「ごめんなさい。今ちょっと取り込み中なもので、話でしたら手短にお願いします」
「息子さんのことですか?うちの週刊誌の次回号に載せるゲラをお持ちいたしました」
「あの、インタビューでしたら「載せないで」ってお願いしましたよね?」
「ですから、インタビューの記事ではありません。私が独自に取材した特集記事です」
「私に....関係あるんですか?」
「あるといえば、ありますかね」
静香はそのゲラを読む。秘書も一緒に読んだ。

緊急特集 あいた口がふさがらない あのカリスマ女社長の息子は名門中学校でパパに

「何よ....これ」
「来週発売号です。本名は出してませんが、誰が読んでもあなたのことってわかるので、事前にお知らせしました」
「何が目的?金よこせってこと?」
「まさか....」
「じゃあ....何が目的よ!」
「使命感ですよ。最近のガキは腐りきってる。だから誰かがちゃんと訴えなきゃ、ということですよ」
「訴えられるのはアンタよ。こんな記事を出せるものなら出してみなさい、名誉毀損で訴訟起こすからね!」
「どうぞご勝手に。名誉も勲章です。ああそうだ。この間の忘れ物です」
波多野は静香が以前持ってきた現金の入った封筒を差し出した。だが静香はそれを振り払い...
「私をその辺の素人と一緒にしないでちょうだい!アンタのこと潰すまでやるわよ!私ね、もう怖いものなんてないんだから」
静香はゲラを波多野に突き返し、その場を去った。

その頃、母が未希の代わりに智史を探しに行こうとしているところを父が止めていた。
「何でお前が行く必要があるんだ!」
「何があったら、未希が苦しむことになるでしょ?」
「ほっとけ!知らん顔したクセに、困ったらこんなものまで持ってきやがって!大体、何で受け取るんだ!」

その時、家の電話が鳴った。未希が出るとマコトからだった。
「おじちゃん、ごめん。今いそがしいんだ」
「もしかして、アイツ探してない?あの桐野ってやつ」
「なんで知ってるの?」
「うちの店の前を野良犬みたいな顔してウロウロしてたから引っ張りこんでさ、お前らの事情....聞いたよ」
「おじちゃん、今から行く。キリちゃんにそこで待っててって伝えて!」
出かけようとすると父が前に立ちふさがった。
「パパ、会って話たいの。気をつけて行くから」
「ダメだ、行かせる訳にはいかない」
未希が言い返そうとすると...
「未希、お前は「どんなにつらいことがあっても絶対に泣かない」って言ったよな。だから「産ませてほしい」って言ったな。だったらもう二度と彼には会うな。もし本当に産むのなら、向こうには一切を求めない、一生一人で育てていくぐらいの覚悟がないと駄目だ。お前は、それだけのことをしようとしてるんだ!」
「わかってる、パパ。だからお別れを言いたいの。本当に....これを最後にするから」
母が未希を車に乗せて送っていくことにした。
ソファーに座りこみ、頭をかかえて考え込む父に健太が缶ビールを持ってきた。
「....飲みなよ」
「ありがとう....悪いな」
すると父は自分の膝を叩いて...
「健太、ちょっとこっちに来い」
「えー、いやだよ」
「いいから、来てくれよ」
健太を抱き上げた。
「えー、ちょっと。もー!子供あつかいすんなよー!」
嫌がる健太を抱きしめ、父は幸せそうに微笑む。
「子供は子供だ!いつまでたっても俺の子供だからな」

その時、インターホンが鳴る。
父が出ると、知らない男が立っていた。
「あの、奥さまはいらっしゃいますか?」
「あんた誰だ?」
「ああ、私あの、波多野と申します」
「どちらの波多野さん?」
「いや、あの....また今度にします」
「ちょっと待ちなさい!「また」って何だ?」
「ああ....あの、リフォームはいかがかなと思いまして」
「うちはね、新築したばっかりで必要ないから」
「あ、そうですか。でもしっかりしてるように見えて意外ともろいもんですよ?」
「あんた失礼な人だな。うちはね....今忙しいんだよ!」
きつくドアを閉める。

その頃、マコトの店に二人が到着した。店の中で智史が椅子に腰かけていた。
「キリちゃん....」
「あなたのお母さん心配してるみたいよ。電話した?」
「....はい」
「そう。じゃあ早く帰った方がいいわ」
「待って。ママ、ちょっとだけ二人で外で話してきていいかな?」
「えっ....外?」
「姉ちゃん、いいじゃん。行かせてあげろよ」
「だって....」
「二人のことなんだから二人で話した方がいいんだって。姉ちゃんたちがびっくりしたのはわかる。でもコイツらの顔見てみなよ。そりゃ最初は好奇心でそうなっちゃったかもしれないけど、こいつら、ちゃんと真剣に考えてると思う。二人で話をさせてやろうよ」

二人は公園へ。そこで思いを語る。
「心配したよ」
「ごめん。一人で考えてたかったんだ。落ち込むとかじゃなくて俺に何ができるのかって。一ノ瀬をただ傷つけて終わりじゃなくて、俺に何ができることがあるかって。でもなかった。俺にできること、いくら考えても出てこなかった。だから帰れなかった」
「キリちゃん....あるよ!キリちゃんのできること」
「なに?」
「生きてて。それでいい。だって私、傷ついてないもん」
「....」
「あのね、まだ赤ちゃん、お腹にいるんだ」
「えっ?」
「やっぱり、産むことにしたんだ。心配しないで。キリちゃんやキリちゃんのお母さんには迷惑かけない。私が育てるよ。思いつきで言ってるんじゃないの。一生懸命、私が考えた結果。子供産んだらそれで全てが終わりってことじゃないと思うんだ。学校は辞めなきゃいけないけど、またあとで勉強しようと思えばできるし、心が元気でいれば、バリバリ働くことだってできると思う。私にとって心が元気でいられる方法は、この子を産むことなんだ
「でも....俺は....」
「わかってるよ。キリちゃんにお父さんになってもらおうとは思ってない。うちの親もキリちゃんの親も、もう絶対に会わせないって言ってるしね。今日で、バイバイしようと思うんだ。キリちゃん。親がどうっていうより、二人とも学校辞めることになっちゃダメだと思う。私は一生懸命子供を育てるから、キリちゃんは一生懸命勉強して。それで、キリちゃんのなりたいものになって。キリちゃんが元気でいてくれたら、私、それだけで頑張れるから」
「....」

母が二人の様子を見つめる。そこに静香が車でやって来た。
「智史!心配かけて!ママ迎えに来たわよ。さ、行きましょう。どうもご心配おかけしました」
静香が母に頭を下げた。
「智史?どうしたの、早く行くわよ
息子の頬から涙が出てきた。
「大丈夫よ。ママ怒ったりしないから」
息子は黙ったまま、涙を流し続ける。
「ねえ、どうしたの?何が悲しいのよ」
「悲しいんじゃない、腹が立つんだよ。自分に。俺って何なんだ....!一ノ瀬がこんなに頑張ってるのに、俺は何もできない。何もしてやれない!最低だよ!」
息子は憤りを隠せない。静香に車に押し込まれた。

息子を乗せた車が去っていくのを未希はじっと見つめ、「バイバイ、キリちゃん、バイバイ
涙をこらえながら、そうつぶやく。
母は自分の上着を未希に羽織らせ、後ろからそっと抱きしめてやった。未希の目から涙が溢れていた。

翌日、未希が制服を着て学校を訪れた。教室では遠藤が待っていた。
「休みの日なのに、すいません」
「いいえ、頼みって....何?」
「学校をもう一度見たかったんです」
「もう一度?」
「私、退学します。私のことでみんなにこれ以上迷惑をかけることはできませんから」
「....そう」
「先生は本当に何も言わないんですね、担任の先生がいちばん怒ると思ってたので、助かりました」
「怒ったからって....何か変わるの?」
「いえ、でも、ちょっと聞いてみたかった気もします。先生は本当は、私が子供を産むのをどう思っているのか。
あの....放送室行ってきてもいいですか?」
「いいわよ。あなたがいちばん好きな場所だものね」
「はい!」

放送室、マイクの前に座り未希は話し始めた。

Hey Girl!This is happy holiday.
 みなさんこんにちは。
待ちに待ったお休みの日、いかがお過ごしですか?
私は今、初めてここに座った日のことを思い出してます。なんかDJってカッコいいなって憧れていたんだけど、
いざ自分の声がみんなに届くんだな、
って思うとものすごく緊張しました。
あとでテープで聞いてみたら、
「え、私ってこんな声だったの」ってびっくり!
でも、いつも楽しかった。
正直なところ、勉強は大変だったし、校則も厳しいし、
もういやだって思うときもあったけど、
やっぱりこの学校が大好きでした。
もうここには座らないのかなって思うと、
かなり寂しいけど、DJになる夢に負けないくらい、
大事なものを見つけたので大丈夫!
だから、最後の挨拶はもちろん、
さよならじゃありません。
こういう時だけは、英語を習っていてよかったな、
ってことで一ノ瀬未希のラストDJを終わります。
ありがとうございました!

そう言い、未希はヘッドホンを外した。
そこに遠藤がやって来た。
「先生、ありがとうございました!」
「一ノ瀬さん、ありがとうはまだ早いかもしれないわ。私、まだあなたに何も教えてない」

この頃、一ノ瀬家では忠彦が家族写真を見つめていた。
それを母は心配そうに見つめている。

-お母さん、14歳で赤ちゃんを産むことは、これまで大事にしてきたことと別れることなんだね。私はきっと、明日からも、たくさんの人とさよならしなくちゃいけないんだね-

病院でも未希の出産のことで春子がスタッフに説明する。
「低年齢での出産は身体も小さいのでIUGRの恐れもあります。どういう出産方法になるかは経過を見て考えます」
未希の赤ちゃんのエコー写真。よく動いている。

その頃、自分の部屋で勉強している智史はふと、手を止め....

(参考・どらまのーと)