第1章 「小さな世界」
東京小菅拘置所....
ここに一人の男が収容されている。
彼の名は佐多裕紀。彼はある犯罪を犯し3年の懲役が課せられており罪を償わなければならない。彼は手紙を眺めこう呟く。
「もう安心だよ。君のところへいくからね」
そう呟いた後、彼は仕事へ向かう。

2015年 春
桜吹雪の少し舞う小春日和、裕紀はすこしブカブカの学ランとピカピカのカバンを背負って親と自宅前で写真を撮っている。
彼の中学校入学式である。
そして式典が終了し、クラスに分かれる。
彼は2組で、担任は少し若い先生だった。
「1年2組の担任の若宮達郎です。君たちと1年間楽しく良いクラス作りをしたいです。よろしくお願いいたします!」
そして先生が、みんなも自己紹介してくれよ、と言ってきたので出席番号順に自己紹介することに。そこで裕紀の番がまわってきた。
「出席番号12番の佐多裕紀です。好きな食べ物はお寿司で、好きなことはゲームです。1年間よろしくおねがいします」
彼は少し人前で話すのが苦手なのか何だかたどたどしかった。初日はその後教科書などをもらって終了。

学校生活2日目、彼に何人かの生徒が歩み寄ってきた。
「お前、佐多だろ。まだいたのかよ。死ね」
「なんだよこれ。ヘボじゃねえかよ」
と言いながら彼にメンチを切る。ポケットに手をつっこんでなんだかダサい。どうやら同じクラスのやつらしい。
彼も「やめてよ。そこどいてよ」と反抗的な態度を見せるが「俺をなめてる」と言われ小突かれた。

この話から分かったかもしれないが彼は典型的なイジメられっ子である。運動オンチで口ベタで内向的な性格でイジメっ子にしては最高の標的だった。彼も負けじと反抗していたが力では敵わず、逆にその行動を面白がられていた。
友達が「大丈夫?」と聞くと彼は
「よくあることだから気にしてない」と気丈に振る舞っていたという。小学校時代は持ち物を隠されたり恒常的に殴る蹴るなどの暴力を受けていたという。

彼は中学校入学後も小学校時代のイジメの延長で通りがかりで「死ね」などの暴言を吐かれたり腹に蹴りを入れられるといったことをされていたが慣れてしまっているのでさほど気にしていなかった。

新学期5日目、塾の帰り道のことである。
こないだ絡んできたアイツらと会った。
「なあ、佐多。イオン行くんだ金くれよ」
「小銭でいいから、おくれよ」
カツアゲである。6人で彼を囲む。
彼は「お金持ってない....」と言葉を返すが
「うそつけよ。塾に財布ぐらい持っていくだろ?1円もありません、は嘘だわ」
彼は「ない、ない」と連呼する。するとそのうちの1人が彼のカバンを奪いとり、財布をみつける。その財布を取り出し千円を抜き取った。
「最初だからこれぐらいでいい」
「ごめんな。わざとじゃないんだ」
と言ったあと 自転車で走り去っていった。
彼は帰宅後、親にカツアゲに遭ったことを説明し、親は学校に連絡した。
翌日、彼とその6人が職員室へ呼び出された。
彼は「2度としないでほしい」と6人に言い
一応6人を謝らせた。担任はその日、6人の親に事情を説明し「家でもしっかり注意してください」と言った。

彼は翌日、その6人にまた囲まれた。
「てめえの母親のせいでとんだ騒ぎだ」
「お前もお前の親もバカなんだな」
いろいろとののしられたあと
囲まれて殴る蹴るの暴力を受けた。
「今度面倒くさいことしたらどうなるか....
わかってるよな?教えてやるよ」
と言い6人のひとりが小型の鉛筆削り用?のナイフを彼の喉近くにもってきた。
彼はあまりにも怖すぎて何も言葉を返すことができなかった。

彼は逮捕直後の事情聴取でこう語っている
「あの頃の僕はどうすることもできなかったんです。親を知らないヒヨコのように。でもあの人と出会ってからは自分を前よりも出せるようになったんです。あの人に出会わなかったら俺は今もヒヨコのままですよ。そうただ歩いているだけのね」