とりあえず書いてあった内容のものをアップしておきたいと思います。
8月あたりに仕事を辞めた。
何をしていても悲しい気持ちになってしまう、行き帰りの電車のホームで線路に吸い込まれそうになった。
本心を言ってしまえば建設業回に入ったのは半分、人生を諦めでどこかの拍子にポックリと行けると思ったのもある。
ただ工事現場で足場のほぼ無い場所での作業中、落ちたら確実に死ぬであろう高さを目前にし、僕は怖くなった。
生きたいと思った。
何に対して行きたいと思ったのかも分からない。
死ぬのが怖いからなのか、死ぬことに後悔があるからなのか。
この話は周りの人間に言えるはずもなく、周りからしたら迷惑極まりない最低な人間だと思う。
結局その体験を終えたあと、足を踏み外し地下に入るための穴に足を滑らせ、墜落しそうになった。
ギリギリ脇が引っ掛かり止まったからまだ良かったが。
そんな体験をした後、僕は会社を辞めた。
とにかく今は休まなければまた同じことの繰り返しになる。
そう思い、人と会うことを極力避け、オンライン仲間などの関係を遮断した。
一度大人数でゲームをした事があるが、話している内容がどうこうじゃなく、本当に疲弊してしまう。
疲れ切って頭も痛くなる。あえて結果が見えている場所に飛び込むことはもう辞めた。
スナックにももう顔を随分と出していない。
歌を歌いたかったのも勿論だけれど、人と触れ合っていたかったのだと思う。けれど入ってくる話は景気の悪い話ばかりが頭に残る。
勿論楽しいこともあった。
けれどそれ以上に悪い感情や言葉、思い出は強烈に残ってしまう。
たまたまスナックに写っていた映画を見て気分が悪くなり、小説の世界に逃げ込んだ事もあった。
ママさんは良い人でそれを理解して変えてくれたり、態度が悪い客には注意もする。
そういえば雑誌にお店が掲載されていたと雑誌も見せてくれた。来週はお店の周年記念日なんだと言っていた。
そんな思い出で今は終わっている。
最近は何をしているかというと、店のメニューを作ったり、カレンダーが欲しいと言われ、エクセルで作ったりした程度。
エクセルに関しては会社に入って良かったと思ってる。
ばあちゃんの鬱の状態は回復してきている。
爺ちゃんも自分を見つめ直す機会ができた事もあったんだろう、以前とは発言が全く変わっていた。
そんな中親戚は癌で亡くなり、友達も同じ癌だと告げられ、弟の躁鬱はまた症状が出てきている。
親父と弟は以前殴り合いの喧嘩に発展した事があって、そんな空気を察知した僕は朝の5時頃外の公園に連れ出した。
水とウコンと少しの食べ物をコンビニで買って、少し落ち着くまで話を聞いて部屋に戻りまた話を聞いた。
原因は飲みに行った店で嫌な事があったらしい。
酔っ払った弟が言っていた事は、病院に行くのにも死ぬ思いで向かったと、何箇所も回ったうち1箇所だけ唯一安心できる病院があったと話してくれた。
それとやはり別れた彼女との思い出は相当根深いのだと思う。
鬱病の人にお酒を飲ますことを許すのは良く無い事だとは分かってる、弟が現実から逃げる為に使ってる事も分かってる。
弟が以前仕事をしていた時に言っていたことは仕事のスピードも早くなくてどれだけやっても残業になってしまうと言っていた。けれどそれも元カノがいた頃は耐えれたのだろう。
彼女が他の男の所に行って、しかもそこの店長が相手だったなんて俺なら耐えられない。
普段もあまり感情を表に出さないタイプで、だからこそじゃないがお酒を飲んで発散できているなら良いとも思っている。
勿論悪い方向にいってしまったら話くらいしか聞いてあげられないけど、お酒の上手い飲み方も昔に比べたら最近は出来てきている気もする。
酔った時にやたらと死にたいと言っていたあの頃に比べたら内容はまだマシになってきている気もする。
躁鬱と診断が出る前の話しで
禁酒をさせていた、あまりにも酷かった時期だ。
朝方に弟が帰ってきたことに気づいた僕は弟がとてつもなく酔っていることに気づきバケツと水を用意して玄関から1番近い俺の部屋に寝かせた。
トイレに行くのも1人で行けない状態で肩を貸して連れて行き、背中を摩ってあげたこともあった。
うなされながら寝ている弟を見て心が痛んだ。
酔った勢いでマンションの5階から飛び降りようとしていたのを止めたこともあった。
弟は頑張ってると思う。