超レアな話し?!
松田優作を知らない方々にも、松田優作と言えば、ジーンズが似合うことと経済効果の件は、先ほど話しましたが、実は、もう一つあります。それは、ブーツ(ウエスタンブーツ)です。松田優作がテレビデビューした1973年当時の日本は、乗馬やウエスタンマニアや有名人以外の一般人には、なかなか馴染みがなく、ウエスタンブーツを履くにはそれなりに限られた人だけでした。世間の優作ファンは、松田優作のデビュージーンズ以外のファッションにも興味を抱き、彼が1978年「最も危険な遊戯」,1979年「蘇る金狼」で劇中履いてたウエスタンブーツには、我々優作ファンには更なる衝撃を与えました。世間も、ジーンズとウエスタンブーツの組み合わせが浸透したのも、松田優作の影響が少なからずあったと思います。同じものを求め、東京から横浜のブーツ店を2ヶ月くらい探してみたものの(当時はインターネット無かったから歩くしかなかった)、同じデザインはありませんでした。しかしながら、とあることから松田優作に大変ゆかりのある、怪優であり、アクションやガンのテクニカルアドバイザー“トビー門口”さんと知り合うことが出来、尋ねたところ、あのウエスタンブーツは特注で、ブーツの甲にある刺繍模様デザインは、優作が愛着してる“HALF=ハーフ”というジーンズのポケットにある刺繍模様と同じものを、制作したんだという秘話を聞き、感動したことは私の財産の一つです。レアな話しでしょ(^_^;)


続きを.....
私だけでしょうか...世界で一番ジーンズが似合うのは松田優作だと言い切るクレージーな奴は(^O^)...それでは、先ほどの「太陽にほえろ!」鮮烈デビューの続きを語ります。役とはいえ、ジーパン刑事として誕生した時は、当時の私にとって、仮面ライダーやウルトラマン以来、着ぐるみを着てないヒーローとなるのは、数分でした。以来私の人生の半分以上、今日まで私の“God=神”生きるバイブルになるとは想像出来ませんでした。それほどに衝撃だったことを覚えてます。とにかく、格好いい! 優作を愛するフリークな誰しも、同感だと思いますが...ジーンズが似合い過ぎ! 本場アメリカでは、ジェームスディーンやクリントイーストウッドやエルビスプレスリーらも確かにジーンズは似合いますが、当時も今も、西洋人や東洋人で松田優作ほどジーンズが似合う人間は考えられません!

聞いた話しですが、当時松田優作がジーンズメーカーやユーザーに与えた影響は莫大で、売り上げや経済効果は計り知れないと。それほど、ジーパン刑事の認知度は瞬く間に広まりましたね。翌日の学校では、大騒ぎでした。追記するなら、大騒ぎしてたのは、男子のみ(^_^;)

どうですか皆さん(・◇・)?

聞いた話しですが、当時松田優作がジーンズメーカーやユーザーに与えた影響は莫大で、売り上げや経済効果は計り知れないと。それほど、ジーパン刑事の認知度は瞬く間に広まりましたね。翌日の学校では、大騒ぎでした。追記するなら、大騒ぎしてたのは、男子のみ(^_^;)

どうですか皆さん(・◇・)?
松田優作を語ります...
昔の話しをすると、歳がバレちゃうかな松田優作を世間に知らしめたのは、誰もがご存知の「太陽にほえろ!」でのジーパン刑事今から30年以上前...マカロニ刑事を演じた当時既にカリスマ的な、ショーケンこと萩原健一が番組後退をプロデューサーに嘆願し、殉職するというストーリーで、番組から姿を消すことになりました。番組サイドは、視聴率を維持する為に、また、主役の石原裕次郎と同じ画面に収まっても視聴者が満足してもらえる、俳優を探してました。そして...後任に抜擢されたのが、当時まだ世間には馴染みにほど遠い、松田優作でした。若干23才の鮮烈テレビデビューとなりました。ちなみに、プロデューサーに松田優作を推薦したのは、当時青春シリーズで売れっ子だった村野武憲や、ウルトラセブンでのアンヌ隊員役ひし美ゆり子でした。その後は、皆さん周知の通りですね。後に、竹中直人やキムタクが物真似してくれましたね....続きは、また後ほど(-^〇^-)

