why
なぜ生きているのか分からなくなるときがある。
意味なんてないのか、死ぬまで分からないのか、
だから死にたいわけじゃなくて、意味がほしい。
世の中で大事なのは合理的な考えや理性を持つこと。
あるいは、その2つを理解していること。
分かっている上で無視したり、なおざりにするのは芸術だと思う。超現実主義がその例だ。
生きている意味が分からないのに、何が合理的で理性的な選択なのか分かるわけもなくて、でもそも大きな問題に目を瞑り一生懸命生きている人もいるのが現実で、私がいかに取るに足らない人間なのかが痛いほど感じられる。
心のどこかで’私は特別だ’と思っているのは私だけなのかもしれないけれど、そう思わなければ立っていられない気がするし、私が生きているのは何か使命があるからだという、根拠のない責任感が私を学校に行かせ、進学に悩み、知識を詰め込ませる。こんなことに意味はないと分かりながらもそうせずには居られない自分がいやで、頭の中で突飛な行動をしたり、信じられないようなサクセスストーリーを作り上げる。
むなしい。
何とかしないと、意味を探さないと、特別にならないと、心ばかりが競っても私はさえない私のまま。
とんでもない行動を実行に移せない私は、自分の中で自分と対話する。
意味のないことが好きな私はこの世の中をいかに変ええることができるだろう。
私の野望といえばその一つだけで、漠然としすぎて自分でももてあましてしまう。
ここに居てはいけないのか??
自分を守るための慎重さに自分が苦しめられるとは思いもしなかった。
大胆不敵に憧れても、その姿は頭の中だけ。






