吐き違いについて。

誰がなんと言おうがそれがたとえ家族とか大事な人であろうがやりたいことやる!っていうやつ完全にはき違えてた。

流行りのものに乗っかってみたり、こういうのが良いんでしょ?ってのに乗っかってみる。その時だけの楽しさ。なんならその時も100%楽しめてなかった。ただの逃げだった。向き合いたいことが怖すぎて向き合えきれてなかった。実家のこと。これはひとまず置いといてなんて嘘だった。本当は気になって仕方ないし、考えきれるところまで毎回考えて挑めてなかったし、できることはやろうって言ってやってるつもりが、ただの誰にでもできることをやってやってるつもりになってるだけで、本当に本当にしんどい決断の部分は他人任せにしてた。


こんな中途半端なことしてたから、家族にとんでもない苦しみ押し付けて苦しませてしまった。

本気でやりたいことに挑んでるなら心から応援してくれただろうけど、私がやってたことはただの逃げだったから周りに苛立ちや諦め、孤独感、はかりしれないストレスを与えてしまってたことに気づいた。




自分をわかってないことがとてつもなく人に迷惑かけてしまうことがわかった。やっぱり自分を知ることが本当に大事。また私が苦しめた人自身も苦しさから逃れる方法がわからず悶えてるの見てやっぱり自分を知って癒す術を持っておくことが大事だと思った。


恐怖心を持ったまま突破したらいい。

どうせできちゃうんだから。



意思疎通できる人と一緒にいたい!


私にとっての意思疎通とは


話したことの真意をそのままに受け取ること。



捉え方って人それぞれで、全員違うもの。


それはそうなんだけど、一旦、一旦は相手が言った真意をそのままに受け取ろうとすることができるかが大事。


一旦受け取った後は、それぞれの捉え方や考え方にしたらいいと思う。



要は、捉え間違え、疑って掛かるような見方、的外れな捉え方をしたまま、信じ込んで疑わないような解釈だけだと意思疎通ができなって思う。



言ってる意味をそのままに聞いて、その後で別の意見だったり捉え方を伝えていく。これでこそ本当にコミュニケーションとれてるなーって感じてホッとする。