インターネット上で波乗りを楽しんでいたある日のこと、
どうにもその日は波に乗り切れず、いつの間にやら波にのまれ
ずいぶん沖のほうまで流されておりました。
そしてふと気づいたとき、
そこには見たこともないような不思議な台地が広がっていました。
そこには不思議な植物が生え
その植物がさらに、見たこともないような動物のようなものを食している
しかしなぜかみんなが微笑んでいる、
そんな不思議な台地でした。
こういうのを楽園、と呼ぶのでしょうか?
前置きがむだですね。
はい。
その楽園はこちらです。
⇒「笑っていいとも」をノベライズする
まあ、野暮な解説はやめましょう。
バカドリルの天久さんによる、題目通りの記事です。
すごいっすね。
これっていったいお金とか発生してるのでしょうか?
天久さんは仕事としてやってるのでしょうか?
これ、ほんとに、好きなことやってたらこうなりましてん、的な空気が漂っています。
逆にお金もらってこれやってたとしてもすごい。
最近、
「わし、おもろいでっしゃろ?」
的な、したり顔の笑にちょっと疲れます。
まあ、確かにおもしろかったりするのだけれど、
それはここ四半世紀において、ダウンタウンやバカドリルが確立してきたの笑いのテキストをどこかでなぞっていたりして、どうにも乗り切れないところがあるのです。
そもそもがなんていうのかなあ?
「笑い」をつくるためにやってる感が否めないのです。
それに比べてこの天久さんの仕事はどうでしょう?
いったいこの人は、受け手という存在を考えているのでしょうか?
完全に想像ですが、この人は、受け手がどうとか一切考えず、
ただただ自分が面白い、って思うことを垂れ流しているのではないでしょうか?
だからそこに生まれるダダ漏れの液体は、
これまで誰も嗅いだことがないような、脳みそを突き抜けるような香りがします。
これまた松ちゃんもしかり。
わて、おもろいでっしゃろ?
これはカッコ悪い。
ダサい。
受け手を考えることはやはりほぼすべての凡人にとって必要なことであるし
生き残るすべではあると思う。
だけどそれを持って
わて、おもろいでっしゃろ?
とドヤ顔することがむず痒い。
その恥ずかしさを知ってることが、凡人の強みだとも思うのだけどなあ。。。
あ、このノベライズシリーズですが、
第二弾は「なんでも鑑定団」!
です。