東日本大震災によって福島から避難されてきた少年が、いじめを受け150万近い金銭を支払されていたという事件について、横浜市教育委員会がいじめと認定するのは困難と判断。


恐らく、私を含め多くの人が憤っていると思いますし、教育委員会や加害者を擁護するつもりは全くありません。


ただ、法律を学んだ者として言うならば、マスコミの報道は余りにも偏っており、その報道を目にした人間は、一人の少年をイジメていた多数の少年が金銭を脅し取っていたというイメージを報道で植えつけられている点ではないでしょうか?


つまり、被害者が支払わされたという記事に対して、その根拠となる客観的事実が一切書かれていないということです。


金銭を暴力や脅しによって奪いとっていれば刑事事件になりますが、ここまでの経緯で刑事事件とされていないのは何故か?、そのことに触れられていないことが、とても気がかりなのです。


例えばですが、150万全てが、加害者側に渡ったものではなく、ゲームセンターや飲食で金銭を消費した際に、自分も同様にゲームをしたり飲食を共にしていて、被害者自身が見かけだけでも仲間になりイジメが少なくなるようにとの思いから、被害者自らが支払っていしたら?少なくとも恐喝を実証することは困難だと思われます。


心の内側を立証することが困難である以上、「支払った」のと「支払わされた」のでは大きな違いがあり、客観的な被害を立証することしか周囲には出来ない以上、このような事実があったとしたら、判断に大きな影響を与えてしまうのではないでしょうか?


繰り返しますが、私は加害者や教育委員会を擁護しているのではありませんし、イジメという行為を容認しているものでもなく、事実は事実として認定し双方の主張及び、その相違を明らかにした上で、教育委員会や加害者を非難すべきだと思うのです。


冤罪を防ぐ意味でも、犯罪というのは厳密に規定されており、それでも被害者の言い分を重視し過ぎた結果、痴漢冤罪事件が起きていることは報道でも良く見かけられていると思います。


マスコミは、痴漢冤罪事件では被害者の言い分を重視し過ぎた結果と批判してるにも関わらず、いじめ事件では被害者の言い分ばかりを重視するという矛盾を犯し、事実認定を放棄し推測とイメージとで関係者を追い込もうとしています。


マスコミが行うべきことは、客観的な事実により加害者が認めざるを得ない状況を作り出すことであり、感情論で追い込むことではないはずだと私は思います。


悠翔の遊ぶスペースを確保するために、縁側に移動された、ばぁばの鏡台


自分が大好きな悠翔には、格好の遊び道具らしい?(笑)


何せ、大好きな自分が二人になっているからねぇ・・・。(笑)



パパの勤めるお店が入っている建物の上階にある「子供の広場」


パパにくっついてお店に行くと、悠翔には定番の遊び場なので、かなり遊びなれてきた様子


そのうち、遊び場の主になったりして・・・。(笑)