マスコミが所得格差、生活格差を叫ぶようになって久しい。
格差拡大と言うが、資本主義である以上、格差の存在は当然であり、社会主義がそこから発生し、格差の解消に至らず滅んでいった歴史に言及が無いのが、吠えっぱなしのマスコミが問題提起どころか混乱を招くだけの存在になっていることの証明だと思う。
貧困問題の象徴として大学進学や奨学金を問題にするが、今時、極一部の大学を除き、大卒の称号は形式だけで社会的価値を認められておらず、結果的に大卒であることが収入に繋がらないことが奨学金返済を難しくしているという根本的な問題提起が行われていないことこそ、大問題なのではないだろうか?
社会学的には、大卒者の家庭が大卒者を再生産していると言われているが、それは極一部に分類される大卒者に当てはまる事象ではないだろうか?
医師、弁護士等の国家資格によって認知されるならば大卒であることの意義はあると思うが、それ以外の大学は少子化と共に淘汰される存在なのではないだろうか?
大学進学や奨学金の問題は、極一部の大学以外は、大卒=高学歴であることを有名無実化させている大学の存在意義を論議してからの話なのではないかと思う。
極論ではあるが、社会的に認知されている極一部の大学以外への進学は、国家資格に繋がらなければ学費の無駄使いに等しいということが周知され、大学や学部が整理されなければ、問題解決には繋がらないのではとさえ思う。