松尾芭蕉 奥の細道 十八 飯坂の一夜 | まいどーおおきに 河内の樹々の独り言
松尾芭蕉 奥の細道 十八 飯坂の一夜

その夜飯坂に泊まる。温泉あれば湯に入りて宿をかるに、
(一)土座に筵[むしろ]を敷きて、(二)あやしき貧家なり。
灯[ともしび]もなければ囲爐裏[いろり]の火影[ほかげ]
に寝所を設けて臥[ふ]す。
夜に入りて雷鳴り雨しきりに降りて、臥せる上より漏り、
蚤蚊にせゝられて眠らず、(三)持病さへ起りて、消入る
ばかりになん。
短夜の空もやうやう明くれば、また旅立ちぬ。
なほ夜の余波[なごり]心すゝまず、 馬借りて(四)桑折
[こをり]の駅にいづる。
はるかなる行末をかゝへて、かゝかる病おぼつかなしと
いへど、(五)覊旅[きりょ]辺土の行脚、(六)捨身無常の
観念、道路に死なん、これ天の命なりと、気力いさゝか
取り直し、路縦横に踏んで、(七)伊達[だて]の大木戸を
越す。

注釈

(一)土間の事

(二)みすぼらしい

(三)芭蕉には胃病や痔の持病があったという
 
(四)伊達郡桑折町。飯坂より二里

(五)「覊旅」は旅。「辺土」は片田舎
  「行脚」は僧が修行のために旅をする事 

(六)「捨身」は肉体を捨てる事
  「無常」は変化する事、いつ死ぬかもわからぬ事
  「観念」は物の実相をはっきりとみきわめる事
   自分も身を捨ていつ死ぬかもわからぬという、
   この世の実相を悟っているはづだからの意

(七)「木戸」は城戸。領主の関所。伊達の木戸は桑折と
   貝田の間、国見峠の辺