
卅日、日光山の麓に泊まる。あるじの言ひけるやう、
「我が名を仏五左衛門といふ。よろず正直を旨とするゆゑに、人かくは申し侍るまゝ、一夜の草の枕もうち解けて休み給へ」といふ。
いかなる仏の濁世塵土に示現して、かかる桑門の乞食巡礼ごときの人を助け給ふにやと、あるじのなす事に心をとどめて見るに、ただ無知無分別にして正直偏個の者なり。
剛毅朴訥の仁に近きたぐひ、気稟の清質最も尊ぶべし。
新校 奥の細道
昭和三十二年三月二十日 第一層刷発行
昭和四十三年四月十日 第十七刷発行
発行所 ㍿白揚社