膜輸送に関連する経路、特に ATP 結合カセット輸送体(※注19)と細菌の運動性に関連するタンパク質は、糞便微生物叢移植後に変化しました (図1)。糞便微生物叢移植の1年後、胆管炎が再発しましたが(血液培養陽性が除外された場合は広域抗生物質で治療)、腸内微生物群集における顕著な病原性変化と、ベースラインでは患者にもドナーにも認められなかった病原種の出現が見られました。患者は糞便微生物叢移植の 2 サイクル目を勧められましたが、拒否し、精密検査と肝臓移植待機リストへの再登録のために 肝臓移植センターに照会されました。
(※注19)ATP結合カセット輸送体 (ATP-binding cassette transporters):
ATPのエネルギーを用いて物質の輸送を行う膜輸送体の一群である。構造的特徴を共有する非常に大きなタンパク質スーパーファミリーをなし、現生のすべての生物に存在する。ABC輸送体、ABCトランスポーター 、ABC蛋白質とも呼ばれる。
【図1】
(A) ベースライン時、健康なドナーからの糞便移植中および移植後 1 年後の患者の糞便サンプルのメタ16s解析(注20)における主要な細菌門の面積図。
(B) ベースライン時、健康なドナーからの糞便移植中および移植後 1 年後の患者の糞便サンプルのメタ16S解析における主要な細菌属の面積図。
(C) 健康なドナーからの糞便移植中および移植一年後に、ベースラインから上方制御および下方制御された複数の代謝経路のヒストグラム表示。
(※注20)メタ16S解析:
次世代シーケンサーを用いた腸内細菌叢の解析は、全ゲノム配列を網羅的に解読するメタゲノム解析と、ゲノム中の16S rRNA 遺伝子配列のみを解読するメタ16S解析に分けられる。メタ16S解析では菌の機能に関する情報は得られないものの、必要とするデータ量が少ないため、安価に大量のサンプルを解析することが可能である。
議論
PSC に対する健康なドナーの糞便微生物叢移植は、微生物叢の多様性とPSCにおける肝臓の生化学を改善することが最近示されました。Bajerと共同研究者らは、炎症性腸疾患を併発しているかどうかに関係なく、PSC患者ではRothia、Enterococcus,、Streptococcus(レンサ球菌) およびVeillonellaが著しく多いのに対し、Coprococcus、Adlercreutzia、Prevotellaは減少していることを示しました ; これは、ベースラインでの私達の調査結果と多かれ少なかれ似ていました。
Pereiraらは、PSCの病因は胆汁微生物群集の変化とは関連しておらず、Streptococcus(レンサ球菌)が疾患の進行において潜在的に病因となる役割を果たしていると示唆しました。
PSCにおける糞便微生物叢移植による一年間の無移植生存期間(transplant-free survival ;TFS) と再発性急性細菌性胆管炎の改善は実証されていません。
PSC患者では、血清アルカリホスファターゼの改善(自然に、またはより頻繁にUDCA療法によって)が予後の改善につながることが、複数の研究で示されています。しかし、UDCA治療に関するより大規模なプラセボ対照研究では、症状や移植までの時間に対する影響は実証されませんでした。 15年間の追跡調査を伴うPSCに関する最大規模の多施設共同研究の結果は、臨床事象や無移植生存期間の改善においてUDCAが役割を果たしていないことを裏付けました。最近の分析では、高用量のUDCAを投与されたPSC患者における強力な疎水性胆汁酸であるリトコール酸の血清濃度の上昇が有害転帰と関連していることが判明したため、28mg/kgを超えるUDCA投与量は削減されました。
PSCにおける抗生物質療法は、とりわけ PSCの発症に関して腸内微生物叢の役割が認められるという証拠が増えていることから、有望であると思われます。しかし、耐性の進化と病気の進行の予防の問題は依然として臨床医にとって大きな懸念事項です。UDCAと環状抗生物質を併用しても急性細菌性胆管炎の症状や肝臓生化学が改善しなかった患者さんは、糞便微生物叢移植の利用によって肝臓生化学だけではなく、臨床的にも改善しました。
私たちの患者では、門レベルでプロテオバクテリア (多数のヒト病原体を含む門) が減少し、ファーミクテス属 (有益な免疫学的特性を持つと推定される多くの分類群を持つ門) が増加しています。この事は明らかに PSCにおける糞便微生物叢移植を支持するでしょう。しかし、属レベルではクレブシエラ菌とエンテロコッカス菌の増加が見られます。これらは炎症促進性の腸内作用を有しており、PSC における細菌性胆管炎の重要な腸内病原菌の供給源を構成していると考えられます。さらに、定評のある有益な免疫調節効果を持つ分類群を産生する酪酸である、フェカリバクテリウム と ローズブリアが時間の経過とともに患者において減少することが報告されています。しかし、これは潰瘍性大腸炎の患者でのみ実証されており、PSC の患者では実証されていません。それにもかかわらず、糞便微生物叢移植後の数カ月の間、病原性の細菌が進化していても 、有益な代謝機能経路は依然とし活性化しています。したがって、単に病原種が存在する事だけでは臨床的な転帰を真に反映していない可能性がありますが、この事は微生物叢の機能に影響を与える可能性があり、それはより重要な事です。
私達の患者さんにおける自然発生的な病原性の変化の背後にある理由は、現時点では明確に説明できません。この影響は、疾患の病因である他の活発な「要因」によって長期的に有益な種の共生が失敗したことに起因する二次的なものである可能性があります。このことは明らかにPSC における糞便微生物叢移植の有益な効果に疑問を呈するか、少なくとも糞便微生物叢移植は無移植生存期間を延長するための短期的な手段としては有用かもしれないが、長期的な解決策としては適切ではないと主張するでしょう。;中長期的には不利になる可能性さえあります。 無移植生存期間における改善を裏付ける重要な所見は、循環胆汁酸に見られる顕著で有益な変化とアルカリフォスファターゼの初期の減少であるかも知れません。急性細菌性胆管炎の長期における自然治癒は、あり得ることではあるものの、この疾患の自然史では十分に実証されておらず、PSC患者において、細菌性胆管炎の再発が生命を脅かす転帰をもたらすことはよく知られています。
私達の患者さんにおいては、再発性細菌性胆管炎と、糞便微生物叢移植の後の丸一年の間のその改善は、治療後の改善と変化についての臨床的、生化学的、メタゲノム的な証拠を伴うものでしたが、私達の研究結果を確かめるためには、この問題に対するより大規模な研究が必要ではあるものの、この事は、症状の無い期間や無移植生存期間は、単に偶然によって生じたものではない事を示す概念的な証明となっています。糞便微生物叢移植一年後、患者さんに急性細菌性胆管炎が再発した事は微生物叢が疾患の進行と発現の”要因”の一つであるかもしれない事を示唆していると思われます。;しかしながら、他の要因がPSCにおける腸内毒素症の開始と維持に関連している可能性がありますし、あるいは糞便微生物叢移植の効果は短期間では限界があるのかも知れません。
これらの問題は、PSCのスペクトラム(連続した広がり)を完全に理解するために、宿主要因と環境要因を考慮して、マルチオミクス(※注21)を統合した研究を用いた更なる調査を必要としています。
(※注21)マルチオミクス:
生体内の機能を担うさまざまな物質について、総合的・網羅的に研究する学問分野。具体的にはDNA・RNA・たんぱく質・代謝産物などを分析対象とし、それぞれゲノミクス・トランスクリプトミクス・プロテオミクス・メタボロミクスに分類される。マルチオミックス。統合オミクス。
結論
私達は、進行した肝硬変や代償不全の無い、再発性急性細菌性胆管炎を伴うPSCの患者さん達が無移植生存期間の延長を通じて糞便微生物叢移植から利益を得られるのではないかと考えています。この事は、移植待機リストの負担を軽減する可能性があり、その結果、より高い肝疾患重症度スコアの人達に対するより適切な臓器の割り当てが実現されるかもしれません。より大規模な研究が未だ満たされていないニーズ(Unmet Need)です。
