何度も言葉を選び直して、また捨てて、そうやって繰り返していたら、いつの間にか綺麗事に収まりました。
結局は弱虫だったとか、度胸がなかったとか分かりませんが、全て「無駄」なことだったんだなと思います。
たくさんのことを考えて、傷付いて、悩んで迷って、その過程が「無駄」って(笑)
だけど、それが結果なのは事実だし、今また新たに言葉を選び始めようと思います。
この一年は、大切なものが増えた年でした。
そしてそれ以上に、たくさんのことを考えた一年でもありました。
ずっと「すき」っていう言葉の意味を考えていて、考えれば考える程分からなくなって、安易に言えなくなって、じゃあどうしてこんなに大切にしたいって思うんだろう?って考え始めたら、頭おかしくなりそうで。
広辞苑で「好き」ってひいてみたり、うんかなり馬鹿だけど、それでも分からなかった。
自分でも分かってるんです。
SuGが心からすきで、武瑠さんがだいすきだって。
だけど「すき」って言葉が相応しくない気がしてならない。
それはまだ私が新規だからとか、何も知らないからではなくて、「すき」が何か分かってないからだと思うんです。
幼い子の初恋みたいに「すきってなんなんだろう」みたいな綺麗な疑問じゃなくて。
なんだか分からないけど、「すき」っていう一言で総称できる程の価値しかないんだ、この感情は。って思っちゃうんですよね。
「すき」の一言にどれほどの意味を含みきれるのかは知りませんが、そんな単純でいいんだ?って考える自分が居るのも事実です。
多分すきなんだろうなあ
それで終わりにしちゃえば楽なのになあ
SuGがすきだ
武瑠さんがすきだ
あの曲がすきだ
この歌詞がすきだ
PVが可愛い面白いかっこいい
そうやってぎゃーぎゃー言ってればいいだけの話なのに。
なんで自分から悩んだり迷ったり、辛くなろうとするのか分からない。
きっと頭悪いんだと思います。
そうやって「すき」についてずっと考えてたら、
私はSuGがすきなのかな?
いや「すき」ってなんだ?どうしてこんなに大切にしたいんだろう?
「すき」じゃないのに?
え?どうして?
ってぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるして、それ以外考えられなくなったりして。
さっきまた武瑠さんのブログ読んで泣いちゃった。
「どうして?」とかじゃなくて、いい加減やめてほしい。
これ以上自分嫌いになりたくない。
武瑠さんは、誰を泣かせようとして言葉を創ってる訳じゃないと思うから。
「どうして」泣いているか、説明できる?
ぴったりの言い訳を見つけられる?
分からないのにただ泣くなんて、創造者に対するただの侮辱だよね?
大切にしたいって言う割には、傷付けることばっかりしてる。
例えば曲にしてもそう。
すぐ泣いちゃうから、そんな自分がだいきらい。
私が「泣く」ことを嫌うのには、理由があって、泣くってことは少なからず「共感」が含まれるだろうと思っているからです。
だけど、私は武瑠さんの創造した言葉に共感できる程、濃い人生を送ってきた訳じゃないし、感情も体験してきた訳じゃないから、想像でしか無い訳です。
それなのに「共感」とか何様だよ?って思っちゃうんですよね。
武瑠さんがどんな人間だとか、どんな感情を得てきたとか、どんな思いでこの詞を創ったのかとか、考えること自体もう侮辱なんだろうなって思うから何も考えないけど、いつもどこかにはある気がします。
創造者にとって一番嫌なのは、自分の作品を違った解釈で捉えられて「ああだこうだ」言われることじゃないのかな?って思うので、それに近しいことはしたくないんです。
普通に考えて、考えたって想像したって、本人にしか事実は分かるはずもないから、考えた途端その全てが的外れで、ただの妄想でしかなくて、本人を傷付けてると思うんですよね。
だから、泣いてる自分は少なからずその「妄想」の過程を踏んできている訳で、無意識でも創造者に失礼なことをしてる自覚を持て!って自分を叱りたいです。
ブログって不思議なもので、個人的な言葉を伝えられる場ですよね。
例えば、曲だけを聴いてもなんとも思わなかった曲でも、その音と歌詞を創る過程を記事にあげられてしまったら、その曲の見方が変わってしまう。
自分も例外ではないので、それがすごく嫌なんです。
本当だったら、「曲」そのものに心を動かされたりするはずなのに、後からの曲からはみ出した「言葉」に後押しされる感じが、自分なんなんだよって苛々するんです。
SuGってアーティーストがすきなら、武瑠っていう作詞者がすきなら、その「完成作品」だけをすきになるべきなんじゃないかって。
勿論、SuGのメンバーという人間もすきです。
だけど、「楽曲」というものでお仕事をされている訳だから、そこから反れたらちょっと違う気がするんです。
それでもやっぱり、全てを含めてSuGがすきだから、なんとも言えないんですけど。
ここから先は、アメンバーさん限定にしたいのですが、それって結局逃げなんだなと気づいたので、一応オープンにします。
ただ…パピコさん、読まないでくださいね?
嫌われたくないんです!!←必死。本気。懇願。
でも一つ言わせてもらえるとするならば、私はSuGがすごく大切で、批判したり傷付けたりするつもりは全くないということです。
私はどちらかと言えば「今」のSuGから入った人間だから、偉そうなこと言えないけど、最近は「前」のSuGの曲がすきだったりします。
ごちゃごちゃしてがちゃがちゃしてて、危ない橋を渡ってる感じのスタイルがすきでした。
ライブのMCで言っちゃいけないことを言いまくっていた、というSuGを生で知らないのがすごく悔しく思うし、愛しくも思う自分がいるんです。
今も昔も勿論SuGはSuGだし、変わっていないと思います。
だけど、「何一つ」ではないと感じる。
少なからず変わった部分はあるはずです。
それは成長であり、逆もまた然りですが。
私がSuGをすきのは、これは武瑠さんがブログで言っていたことなのですが、「幸せ」についての考え方に感銘を受けたからです。
ここで詳しくは言いませんが、「そういう考え方を持ってもいいんだ」と思えました。
自分が今まで生きてきた中で、棄てるべきものだと思い込んできた内容だったから。
他の言葉でもそう。
「許されるんだ」
そんな驚きと共に、SuGに引き込まれました。
例えば、誰かが綺麗事で、
「君は一人じゃないよ」
そう言ったとします。
私はすぐに
「いや、一人だから」
即答すると思います。
だってそれが事実だから。
自分は自分。
他人は他人。
自分の感情をそっくりそのまま他人に移行することは出来ないのだから、結局は「自分」は一人です。
だけどそれだけじゃなくて、SuGは顔も知らない「誰か」より、今目の前にいる「大切なひと」を守りたい、っていう当たり前のことを大きな声で言った。
本当に当たり前のことですよね?
いくら偽善振りかざしても、結果はそうなる。
だけど全然「綺麗」ではない。
思ったんです。
「当たり前」て汚いって。
だけどそれは常軌の如く存在していて、それさえ「当たり前」になっている。
SuGはそんな「当たり前」を歌ってるから、これ程までに引き込まれたんじゃないかと思います。
ただ最近思うのは、「すき」っていう一言より、「こわい」っていう言葉が一番相応しい気がするんです。
なんなんだろうこのバンドは。
武瑠という人間は恐ろしい。
勿論悪い意味じゃないですよ?
さっき辞書で調べました。
怖い・恐い
①おそろしい。悪い結果が予想され、近寄りたくない。
②人知でははかりがたい、すぐれた力がある。
この②の方です。
でも少なからず①のニュアンスも感じています。
武瑠さんが、こわいんですよね。
TRiPの発売イベントじゃないですけど、直接関わることは出来ないです。
「すき」を越えると「尊敬」に、「尊敬」を越えると「こわい」という感情が生まれるなんて初めて知りました。
ほんの少しだとしても、成長出来ているんですかね?
全然実感無いですけど(笑)
ポジティブが一番、そうやって楽観的になることに逃げてきたけれど、そればかりが良いとも限らないことを学びました。
航生くんが前に言っていましたけれど、いつだってポジティブでいると、その有り難みが見えなくなる。
たまにネガティブになるから、ポジティブの良さを改めて実感することができる。
その通りだな、と思います。
いつだってポジティブで明るい世界に逃げるんじゃなくて、たまには振り返って落ち込んで、傷付いて、感情を得て、創作意欲に繋げる。
部活に入る時に、音楽と文学とで選択を迫られて、私は音楽を選びました。
言い方を変えるとするならば、文学を捨てました。
音楽は一人では完成できないと思ったからです。
でも今現在、文学はほったらかしです。
その理由の一つとして、ポジティブに考えるようになって、幸せを感じる時間が増えて、疑問に思うことや傷付くことが減って、感情が安定したからだと思います。
人間としては素晴らしい人生だ(笑)
でも私は満足出来ない。
幸せこそスランプ。
おかしいけど本当のこと。
不幸を求めたりなんてしないけど、人より辛い経験でも、それは貴重な体験。
これからに繋がるべき必要なこと。
今までは辛いことがあると無理にでもそう思ってきたけど、今では何も起こる前からそんな思考が働く(笑)
伊達にポジティ部じゃねえな(笑)
そんなこんなで、2011年、終了10分前の私はこんな人間です(笑)
最終的に何が言いたかったんだろうか(笑)
とりあえず!
こんな頭の弱い私ですが、2012年もよろしくお願い致します(*´∇`*)