10日過ぎたころ一般病棟へ移るといわれた。

 

え?意識もなく、管もたくさんついているこの状態で??

 

と、不安を伝えたが、病院側としては安定しているからと。

 

一般病棟に移っても寝てばかり。

 

10月28日倒れてからちょうど2週間目。

 

私が面会に行くと、目を開けてくれた!

 

わかる?と聞くと小さくうなずいてくれた!

 

どうやら、今日になって熱が下がってきたようだった。

 

前日までは38~9度の熱。

 

誰でも高熱の時はつらいもんね。

 

でもまだ意識がはっきりしているわけではないようで、寝たり覚めたりを繰り返していた。

 

それから2週間くらいは、熱があがると寝ていて、下がると目が覚めてという感じだった。

 

目を開けているとき、写真を見せると一生懸命見ようとするが、眼球が上下にしか動かなかった。

 

手も足も動かない。座ることもできない。

 

重度の麻痺はやはりあった。

 

11月20日

この日私が面会にいくと、とてもはっきり目を開けてくれた。

左手を握っているとモニョモニョと指が動く。

私が握り返してリズムよくギュッギュッというと、一緒に頷いた。

 

この日を最後に面会できなくなった。

理由は病院がコロナ患者の受け入れを再開したから。

 

次の日、病院へ行く。

 

母は弱弱しく目を開けくれた。

 

わかる?と聞くと、小さくうなずいた。

 

家族全員うれしくなった!

 

呼吸も酸素マスクはしているけれど自発呼吸にができそうだった。

 

けれど、3日目からは、眠り続けた。

 

毎日会いに行き、声をかけ、手をさすり、髪をなで。

 

母の反応はなし。

 

また絶望の淵に立たされた。

 

1週間後、主治医の説明があった。

 

ひとまず、一時の命の危機は脱したのではないか。

 

あとは、いつ目を覚ましてくれるかだけど、このまま目を覚まさないかもしれないし、

 

数か月後に覚めるかもしれないし。

 

でも希望は持たないほうがいいと。

 

あとは、退院してからの介護の事を考えていかなければならないと。

 

介護やら施設やら、家族全員わけもわからず途方にくれた。

 

看護師は説明してくれるけど、意味がイメージが全くわからない。

 

この一週間、どうにか日々を過ごしてきた中、考えなくてはいけないのが現実なんだろうけど、難しかった。

 

母の為に一番良い選択はなんだったんだろう。

 

あっという間に時間が流れたような。

 

随分と長い夢の中にいるような。

 

日々、どう過ごしているか覚えられず。

 

ただ、記録を残しておこうと思います。

 

2020年10月14日 AM9:45

 

母が倒れました。

 

数分前、数秒前まで普通にしていたのに。

 

私の隣で顔を押さえてうつむく母。

 

様子がおかしいなと思い、救急車よぶ?と聞くと返事がないので、受話器を持った時、

 

水!!と言うので水をもってきて渡すと、一口飲んでコップを置いて、

 

あ~と、唸りながら意識がなくなっていきました。

 

母を抱えながら、119番通報。

 

パニックで泣きながら。

 

救急隊の人に呼吸がとまったら心臓マッサージをしてくださいと言われたけど、できません!と言った。

 

とにかく怖くて不安で、実際には10分で救急車がきたけど、とても長く感じた。

 

病院について調べてもらっている間に家族が揃う。

 

しばらくして、説明を受けると、脳幹出血とのこと。

 

手術もできない。命も助かるかわからない。

 

自発呼吸も弱く、このまま呼吸が弱くなっていく場合に備えて人工呼吸器の準備もあった。

 

処置が終わり、母のそばに行くと、うっすら目を開けているけど話せないし、動かない。

 

ICUへ移動。

 

病院に残る人を決めて帰宅。

 

悔しくて、悲しくて、後悔ばかり。

 

あの時の私の対応がダメだったのかも。

重いもの持たせちゃったからかな。

あの時、こうしていれば。。。