いい気分でいよう

いい気分でいよう

いい気分は、いい気分を連れて来る
いい気分でいるために、いい気分になりましょう

『いい気分はすべてを凌駕する』

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わたしが「チャネリング」というものを、初めて本格的に体験したのは

2017年のクリスマスを過ぎた頃。

 

父が亡くなる少し前でした。

 

 

余命宣告を受けて二週間ほど経ち、急激に体調が悪化して入院した父。
息苦しさから会話が減り、眠っている時間が増えるにつれ、
わたしの意識に父のリクエストがダイレクトに届くようになってきたのです。

 

 

はじめは、

親子だし父の気持ちを察して、わたしが勝手に思い付いているだけだ
と思ったのですが、

そのうち、
ベッドサイドじゃなくても、
運転中や、家に帰った後でも聞こえるようになりました。

時に呼び掛けてきたり、訴え掛けてきたり。

 

 

これはいよいよ「キャッチ」してるんだなと実感しました。


そして、2017年もあと三日となった朝。
わたしが自宅で目を覚ましたとき、
それまでで最も鮮明な会話を交わしました。


父)いゃあー、もうムリかも知れん…
思ったより(身体が)持ちそうにない…
もう(逝っても)いいか?


私)いいよ、もうがんばらなくていい。
自分のタイミングで逝っていいんだよ。
もう十分だから。

と意識で返すと、


父)そうか、じゃあ(挨拶したいから)みんなに知らせてくれ。

と最期に会いたかった4組の人たちの名前を告げました。



母に経緯を話し、連絡を取ってもらうと、
まるで事前に約束でもしていたかのように

時間帯もかぶらず、次々に会いに来てくれました。


父もそのときだけ元気に身体を起こし、
自分が呼んだという自覚はないまま
(笑)

「よく来てくれたね」

と驚いた顔をして、嬉しそうに言葉を交わしていました。


2時間くらいの時間だったと思います。



代わる代わるの嬉しい来訪を終え

「年末のいそがしい時期にありがたいなぁ」

と珍しく涙を見せ、


「ちょっと寝るわ」

と眠りについて以降
そのときほど元気な姿を見せることなく
一週間後に、自分の源へと還っていきました。



息を引き取ったときは


「人生に満足している。
終わり方も含めて、すべてに満足し、感謝している。
皆んなに見送られ、惜しまれて逝けることを幸せに感じている」


と、悲しむ家族とは対照的に
穏やかで大らかな幸福感に満ちていました。








そしてその日の夜

すべてを終えて、入浴していた26:00頃。



入院中も
息を引き取ったときも


「母さんを頼む」

とは一度も言わなかったな…


と回想していたら、
また父からメッセージが届きました。


「俺がちゃんと守るから


お前の助けが必要なときはそのように段取るし、
近くにいる人に頼るときはそのようにする。

必要なときに、必要な助けが行き届くように、
俺がちゃんと守る。


いつでもそばにいる。


だからお前たちは、自分たちの人生を進みなさい。

振り返らんでいい。
決して悔いるな。


俺は悔いずにやってきた。
最高の人生だった。

悔いてもいいことなどない。


ほんの短い時間だけ
想い出に浸るくらいはいいけど、
振り返らんで、前を向いて進みなさい」


 

 

 

シャワーの温かいお湯と共に
ほんの束の間、
たくさんの涙を流しました。







 

数ヶ月後わたしは、
父が亡くなる前に決めたとおり

29年勤めた会社を辞め
実家のあった街を離れ
たくさんのものを手放して

妻と二人
”魂の声に従って”
新たな人生へと踏み出しました。



このときは未だ
自分がチャネラーになるとは思いもしませんでしたが。