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どうもMC-K3です。
こちらのブログで不定期ながら更新していますが
アクセスはまぁ可もなく不可もなく・・・という感じではありますが
今回も特撮ドラマ関連の記事を更新していこうと思います。
ジブンが東映特撮ドラマのファンということは以前おハナシしましたが
今回は東映ドラマのヒーロー(ヒロイン)像について語ってみましょう。
東映特撮ドラマは基本的に主人公が強化服(ないしメタルスーツ)を纏い
マスク(ヘルメット)を被り、ヒーロー(ヒロイン)に変身して、悪に立ち向かう・・・
というのが基本となりますが、その姿は徹頭徹尾・・・隙が無いですよね?
で、このヒーロー(ヒロイン)の姿ですが、皆さんにお訊きしたいのは
”その姿として正しいのは、有機的な姿か無機的な姿か?”です。
ここで「一体、何を言いたいのか?」と思われた方も多いかも知れません。
まずは二つの単語について解説してみましょう。
【有機】― 全ての生命の基本となる、炭素・水素etcを含む生命体
【無機】― その反対となる、炭素・水素etcを含まない鉱物等を主とする物質の総称
とある通り、その生命体がヒトのカタチを成しながらも、その表の部分を
強化服(ないしメタルスーツ)とマスク(ヘルメット)に身を固めた姿を想像して
頂いてもらった上で考えていくと・・・こんな感じになるでしょうか。
有機的なヒーロー ― 仮面ライダーシリーズ、ないしゴレンジャーを祖とする戦隊シリーズ
無機的なヒーロー ― 宇宙刑事ギャバン、シャリバンを始めとするメタルヒーローシリーズ
という風に区分したとして、問題はここからです。
勧善懲悪が基本の東映特撮ドラマに於いて、悪の軍団は容赦なく主人公を攻撃します。
となると、主人公の身を防護する強化服とマスクは、耐久性も強くないとおかしいですよね。
当然、強化服を装着し、マスクを被っているのに、肌が見えている・・・というのは有り得ない訳で
ヒトが表面を強化し、マスクに素顔を隠した状態であるならば、つまりは悪と対峙し闘うのならば
下記の騎士の様に、隙無く鎧と兜に身を固めるのが望ましいというコトになりますね。
(こういう女性騎士はいかにも闘う人らしくて良いですね。髪こそ見えてはいますが
単純に観ていてカッコいいです)
で、あるならば、コレは絶対に有り得ませんよね・・・(^_^;)
「仮面ライダーV3」の悪の組織、デストロンの科学者でありながら、失態を犯し
処刑されそうになるも、九死に一生を得て、失った右腕をカセットアームに替え
その後はライダーマンとして、V3と共にデストロンと闘う結城丈二です。
そもゝライダーマン(結城丈二)は、幼少期にデストロンに育てられるも
その後、デストロンの科学者として頭角をあらわしながら、途中でヨロイ元帥による
粛清に遭い、部下を多数失い、自身もその際に右腕を失いますが
自らライダーマスクを被り、カセットアームを武器に、自らを死に追いやろうとした
デストロンではなく、ヨロイ元帥個人に復讐する、という・・・仮面ライダーシリーズの中では
存在が何となくビミョーだったりします。
従来の仮面ライダーであれば、ライダーマスクを被った際、鼻と口はクラッシャーで
覆い隠すのが常ですが、ライダーマンはどういう訳か、鼻と口が露出しているのが
ナンともマヌケに見えてしまうんですよね・・・。(^_^;)
あと、コレは特撮ドラマではなく、Vシネマになりますが、こんなのもありましたっけ。
1990年に東映Vシネマで発表され、一部の特撮マニアの間で
評判(?)を呼んだ「女バトルコップ」です。
元々はこの時期と前後して、日本でも公開されて、大ヒットした映画
「ロボコップ」の影響のもとで誕生した作品でしたね。
この作品の主役の中村あずさは、恋人役の北詰友樹と結ばれる筈だったのが
犯罪組織「カルテル」(今ならどう考えてもあり得ない組織名・・・)の襲撃に遭い
共に瀕死の重傷を負うも、辛うじて一命を取りとめ、同じく重傷を負うも
北詰友樹によって(程無くして北詰友樹は落命・・・)サイボーグ戦士へと改造され
全身鉛色のメタルスーツを纏った姿に生まれ変わり、カルテルに復讐する・・・
という、どう考えてもツッコミドコロの多い内容でしたが、ジブンはこの作品
そんなにキライではないのですけど、一番ガッカリしたのは、主役の中村あずさが
メタルスーツを身に纏った姿であるにも関わらず、最後にマスクを被るシーンで
マスクを被ったフリをしていた・・・のが一番残念だった記憶が強く残ってたりします。
「ロボコップ」もそうでしたが、マスク(ヘルメット)を被った目こそ隠れていたものの
口が露出していたのも(口元は開閉式になっていたので、閉じて映ったシーンもアリ)
残念というか、特撮ヒーロー(ヒロイン)らしくない違和感を感じましたね。
やはりメタルヒーローはココまでキチンとしてないとカッコ良くないですね。
もう30年前になりますが、テレビ朝日系の日曜の朝8時枠
今の平成ライダーシリーズ枠で放映されていた「機動刑事ジバン」です。
主人公でダメ刑事の田村直人が、悪の組織、バイオロンの動きを察知すると
ブルーメタリックボディのサイボーグ刑事に変身(メタルスーツを着装する
装着変身ではなく、物影に隠れてジバンへと姿を変える)し、バイオロンの送り込む
怪人を倒していく・・・という内容でしたが、このレベルになると、本当に無機的な
サイボーグ戦士というイメージがヒシヒシと手に取るようにわかる凄さでした。
マスクの眼は赤いライトでキチンと光るし、サイボーグ刑事という設定もあり
鼻も口も存在しないメタリックなヒーローという点は良く表現出来ていたと思います。
個人的にはメタルヒーローシリーズは、主人公がメタルスーツに身を固めて
最後にマスク(ヘルメット)を被り、戦士に生まれ変わる、というのが基本ですから
物影に隠れて変身するよりも、基地かどこかでメタルスーツを一式装着して
悪に立ち向かう・・・という点を強調して欲しかったと思いますが
後継作となる「特警ウインスペクター」及び「特救指令ソルブレイン」で
メタルスーツ一式を纏い、闘うヒーロー路線に戻りましたので、善しとしましょう。(^^)
まぁ、今回のテーマを踏まえて、東映特撮ドラマ史を振り返って思うのは
「とにかく中途半端なヒーロー(ヒロイン)は特撮ヒーロー(ヒロイン)に非ず」というコトでしょうか。
あとマスクを被るなら、せめて肌は露出しない・・・という風にして欲しいですね。
あと今回挙げた「女バトルコップ」で、この後に取り上げるべきネタも見つかりましたので
またイトマを見つけて、更新を予定しております。次回もどうぞ宜しく。m(_ _)m
どうもMC-K3です。
7年もの間、放置したままのこのブログで、先日7年ぶりに記事を更新したのですが
まぁまぁのアクセス数を得たコトもあり、イトマがてらにまた記事を書いてみようと思います。(^_^;)
実はジブンは随分前より、2003年10月~2004年9月までTBS系で土曜朝に放映されていた
ドラマ版の「美少女戦士セーラームーン」を見ていたつながりで、その当時より
今日まで長きに渡り、はてなでドラマ・アニメ等を独自の目線で追い続けられている
Leo16さんと少しばかり関係がありまして、そのLeo16さんから
”セーラームーンにおける、セーラー戦士のメイクアップ(変身)をどう分析・解釈するか”
について、御題を頂きましたので、これについて少々語ってみようと思います。
セーラームーンはエポックメイキング的作品であることは疑うコトの無い事実でしょう。
主人公の月野うさぎが、ある日突然出会った黒猫、ルナのチカラにより
セーラー服をベースにしたレオタード風のルックに身を包み、ご近所にはびこる
悪(この時点ではまだ規模は小さいですが)を倒してゆく・・・というストーリーをベースにしつつ
仲間となるセーラー戦士を見つけて、協力し合って、次第に大きな悪に対峙していく・・・
というおハナシですね。(^^)
「月にかわっておしおきよ!」は、このアニメのトリコになった
当時の女の子たちの名フレーズにもなりましたね。
で、またいつもの様に、ハナシは少しずつ脱線していきます。
このセーラームーン放映時(1992年頃)と前後して、月野うさぎのように
或る女子高生がご近所の平和を守るべく、使命を託され、それを遂行する・・・
というドラマがありましたね。
そう、御存知の方も多いかと思いますが、1990年にフジテレビで日曜朝9時の
東映不思議コメディシリーズ枠で放映されていた「美少女仮面ポワトリン」です。
ウィキペディアでの記事をご覧になって貰えれば、お判りかと思いますが
「ポワトリン」はセーラームーンの原作者である武内直子先生に
多大な影響を与えたドラマとして有名です。
実はこの頃から、東映特撮ドラマは内容的に転換期を迎えます。
それまで仮面ライダーシリーズや、宇宙刑事ギャバンを代表作としたメタルヒーローシリーズ
或いは東映特撮ドラマの看板である戦隊シリーズなどは、善の権化的主人公が
暴力によって悪を懲らしめる・・・というような内容はけしからん、という風潮になりました。
この時期、テレビ朝日の日曜朝8時の東映メタルヒーローシリーズ枠は
「特警ウインスペクター」や「特救指令ソルブレイン」といった、平和を乱す悪と闘いつつも
災害現場に駆けつけ、メタルスーツを身に纏い、困難極める災害現場で悪戦苦闘しつつ
人命を救助する・・・という内容へシフトしていきます。
それに伴い、これまでの東映特撮ドラマに於ける、善vs悪という勧善懲悪的内容は薄れ
と同時に台頭して来たのが、ポワトリンやセーラームーンのような女性的感性で描かれた
ヒロインだという風にジブンは認識しています。
女性が原作者であることもありますが、セーラームーンは基本的にエレガントです。
制服を着た普段の女子中学生が、悪に対峙すると、セーラー服ベースのレオタードに
身を包み、頭部に額飾り、手にはかつてのハリウッド時代の女優がつけているような
白いロンググローブ、足にブーツ(ないしパンプス)・・・というイデタチで闘うという
女性ならウットリしそうなルックです。
で、そこでLeo16さんの云っておられた”セーラー戦士たちの変身(メイクアップ)を
どう分析するか”に行ってみたいと思います。
個人的にはセーラー戦士の変身は、女性の”お化粧”の延長上にあると思います。
悪の存在をキャッチし、いざセーラー戦士として闘う5人も
普段は普通の女子中学生ですね。
つまりは悪と闘うべく戦士になる(非日常)という状況と
普段の女子中学生として日々を過ごす(日常)との落差にある通り
そこを丁寧に描いたからこそ、セーラームーンはあれだけの
人気を呼んだのだろうと思います。
悪と闘う状況を、お祭りと同じ”非日常”と一緒にするのはどうかとも思いますが
彼女達5人がメイクアップ(変身)することで、”非日常”的状況に至るならば
その解釈もアリだろうとジブンは思います。
このアニメによく「戦士だって女の子なのよ」というフレーズが出てきますが
女の子たちが戦士として闘う”非日常”を「ワタシらしく、且つ可愛らしさも」という
風に昇華させたという点ではセーラームーンは凄い作品と云って然るべきではないでしょうか。








