勝ち組という幻想
あの頃の俺は、まだ「勝ち組」という言葉に心を奪われていた。
テレビや学校の先生、親戚の叔父さんまでが口を揃えて言うのだ。
「有名な高校に行きなさい。いい大学に入れば、一流企業に就職できる。官僚にもなれる。
貧乏なんて一生縁がない人生が手に入るよ」俺はそれを信じた。いや、信じざるを得なかった。
だってうちは貧乏だったから。
両親は朝早くから夜遅くまで共働き。俺が小学生の頃には、もう家の手伝いが日常だった。
配達の荷物を一緒に運んだり、近所の八百屋で夕方から夜まで袋詰めを手伝ったり。
夏休みには工場で短期バイトもした。中学を卒業する頃には、もう「普通の子ども」がどんな生活なのか、
ほとんど想像できなくなっていた。
そんな俺の目の前には、いつも眩しい存在がいた。お坊ちゃま、お嬢様と呼ばれる連中だ。
彼らは当然のように私立の名門校に通い、塾を何個も掛け持ちし、夏は海外のサマースクール、冬はスキー合宿。
制服だって少し違う。鞄も靴も、全部が上等で、匂いまでが違う気がした。
俺たちは彼らを横目で見ながら、必死に教科書を握り潰すように勉強した。
「俺だってやればできる」「努力すれば報われる」
そう言い聞かせて。でも現実は残酷だった。中学を卒業して進学した工業高校も、途中で辞めた。
金が続かなかった。結局、俺は中卒のまま、世の中に出ることになった。
世の中には、もっと悲惨な人もいることを、後に知った。
小学校すら満足に通えなかった人。字がろくに読めないまま大人になった人。
そんな人たちと比べれば、俺はまだ「マシ」な方なのかもしれない。
それでも、日々はジリ貧だった。今の日本の中流家庭の多くが、そうだ。
一生懸命働いても、貯金は増えない。物価は上がる。給料は上がらない。
ささやかな幸せ——家族と一緒にご飯を食べる時間、週末に近所のスーパーで安い食材を買って作る鍋
子どもが笑う声——それすら、守るのがやっとの綱渡り生活。
そんなある日、SNSを開くと、20代半ばの若者が映っていた。
豪邸のプールサイドでシャンパンを傾け、ベンツの横でポーズを決め、ハワイのビーチで日の出をバックに自撮り。
キャプションにはこう書いてあった。
「努力すれば誰でも夢は叶う!」
俺は画面を眺めながら、胸の奥に言いようのない違和感と、黒い羨望が渦巻くのを感じた。
「何かがおかしい」そうとしか思えなかった。
努力。苦労。スキル。キャリア。アイデア。勇気。人柄。無欲。愛。お金。
これらの言葉が、頭の中でぐるぐる回る。成功ってなんだ?幸せってなんだ?
俺も昔は、金儲けに憧れた。欲にまみれて、あれこれ手を出した。
怪しい情報商材にも手を出したし、夜通しトレード画面を睨んだこともある。でも、全部が空回りした。
何度も転んで、ようやく気づいたことがある。自分軸のないものは、必ず滅ぶ。
どんなに金があっても、どんなに肩書が立派でも、自分が何を大切にしたいのか、
何のために生きているのかが定まっていなければ、結局は虚しいだけだ。
そして、もう一つの真実に辿り着いた。幸せは、金や成功とは完全に別の次元にある。
今、俺は小さなアパートで、母さんと二人で暮らしている。
仕事は地元の小さな工場。給料は安い。貯金もほとんどない。
でも、夜、母さんが作ってくれた味噌汁を啜りながら、他愛もない話をしているとき、
俺は時々、静かに思う。「ああ、これでいいんだな」と。
小さな食卓。温かい湯気。母さんの少し疲れた笑顔。これが俺の、今の幸せだ。
一方で、世の中はまだ回り続けている。
名門校の制服を着た若者たちは、今もあの言葉を信じて走り続けている。
そして、豪邸の前でポーズを決める若者たちも、きっと誰かに向かって叫んでいる。
「努力すれば報われる!」でも俺は、もう知っている。
報われるかどうかは、実は二の次なんだと。
本当に大事なのは、自分が何を「幸せ」と呼べるかだ。
それがわかった瞬間から、俺の人生は、少しだけ軽くなった。
たとえ中卒のままでも、
たとえ貧乏のままでも。
・・・・・・・・・・・・・・・・
