第12話 価値ゼロマーケット
バーチャルオフィスの会議室Cは、いつものように淡い青の光に包まれていた。
五十の小さなウィンドウが整然と並び、それぞれの向こうに運試師たちの顔が浮かんでいる。
ヘッドセットを着けた者、背景をぼかした者、ペットの猫を膝に乗せた者——人それぞれだが、みんな真剣な眼差しで画面を見つめていた。
議長席に座るTSPは、軽く咳払いをしてマイクをオンにした。「それでは、みなさん。本日は三回目の議題、『景品化』についてお話しします。」彼の声は穏やかで、どこか楽しげだった。まるで長年温めてきた宝物を、ようやく人に見せられる喜びを噛みしめているかのように。
「みなさんのお宅の押入れ、物置、床下、屋根裏……あるいは離れの倉庫や地下室に、眠っているものはありませんか?」参加者たちのウィンドウに、小さなリアクションアイコンがちらほらと浮かぶ。疑問符や、ちょっとした笑顔。
TSPは続けた。「捨てるに捨てられない不用品。買ったけれど一度も使わなかったもの。お中元やお歳暮でいただいたけれど好みじゃなかった贈答品。自分で作ってみたけれど失敗したハンドメイド作品。壊れてしまったけれど部品取りに残してあるスクラップ……そういう、『価値ゼロ』とも言えるものを、私たちはゲームやイベントの『景品』に変えられないかと考えています。」
一瞬、会議室が静まり返った。誰かがチャットに打ち込んだ。
【北の運試師】価値ゼロ……って、つまりガラクタってことですか?
TSPは微笑んで首を振った。「いえ、ガラクタじゃない。『まだ誰かにとっては価値があるかもしれないもの』です。捨てたら本当にゼロになってしまう。でも、誰かの手に渡れば、突然一百円、一万円、いや、それ以上の価値を持つかもしれない。」
画面の向こうで、何人かが頷くのが見えた。「私たちの活動に欠かせないのが『景品』です。参加者がワクワクするもの、当たったときに『やった!』と思えるもの。でも、正直なところ、いつも同じような新品のグッズや金券では、そろそろ限界が来ているのも事実です。そこで——」
TSPは少し身を乗り出した。「みなさんの家に眠る『価値ゼロ』のものを、運試しの景品にしてみませんか? それが『景品化プロジェクト』です。」チャットが一気に活気づいた。
【東海の運試師】うちの物置、ヤバい量のフィギュアの箱がある……
【九州の運試師】失敗した陶芸作品なら山ほどありますよw
【北海道の運試師】古いゲームソフト、動くか不明だけど……出してもいいかも
TSPは目を細めて、それらのメッセージを一つ一つ読んでいた。
——思い起こせば。この言葉、「景品化」という言葉を、彼は随分昔からSNSで発信し続けていた。フォロワー数十人の、誰とも知れぬ小さなアカウント。ハンドルネームだけの、正体不明の存在。当然、反応はほとんどなかった。「いいね」すら付かず、ただ虚空に呟き続けるだけの日々。それでも彼は書き続けた。いつか、誰かに届くかもしれないと信じて。
そして今。五十人の同志が、ここにいる。彼らはDumguo&VOKERというゲーム・カードの熱心なプレイヤーであり、運試しイベントの主催者であり、TSPの想いを一緒に形にしてくれる仲間だった。
一回目の会議で「運試しイベント」のあり方を語り合い、二回目で「プロ・パディラー」の育成について熱く議論した。そして三回目にして、ようやくこのテーマを——「価値ゼロマーケット」と彼が心の中で呼んでいる計画を、みんなの前に晒すときが来た。
TSPは静かに息を吸った。「正直、昔は誰にも相手にされませんでした。このアイデアをSNSで発信しても、反応はほぼゼロ。そりゃそうですよ。どこの誰ともわからないアカウントが、突然『押入れの不用品を景品にしよう』なんて言っても、誰も振り向かない。」参加者たちのウィンドウに、温かい笑顔のアイコンが次々と浮かぶ。
「でも、今は違います。みなさんがいてくれる。五十人の運試師さんが、私の話を真剣に聞いてくれている。この瞬間を、僕は本当に光栄に思います。」少し声が震えた。自分でも驚くほどに。「だからこそ、このプロジェクトを一緒に作りたい。みなさんの『価値ゼロ』を、誰かの『宝物』に変える市場を、一緒に作りたいんです。」
会議室Cは、再び静寂に包まれた。しかしそれは、重苦しい静けさではなかった。誰かが手を挙げた。
【関東の運試師】……私、参加します。押入れ、開けてみます。
次々と、手が挙がっていく。
【中部の運試師】私も!
【中国地方の運試師】面白そう!やってみよう!
【四国の運試師】失敗作のアクセサリー、大量にあるから持ってくわ~
TSPは目を閉じた。——届いた。ようやく、届いた。価値ゼロのものが、誰かの手によって価値を持つ瞬間が、もうすぐそこまで来ている。画面いっぱいに広がる五十の笑顔を見ながら、彼は静かに呟いた。
「ありがとう、みんな。これが、私たちの『価値ゼロマーケット』の、はじまりだ。」
