第10話 罰ゲーム哲学
会場は熱気に満ちていた。
二百人近い参加者が、テーブルを囲み、笑い声とグラスの触れ合う音を響かせている。
「運試しイベント」——運を試す者たちが集う、年に一度の祭典だ。
私はTSP、今日も主催者の一人として、いつものようにあちこちのテーブルを回っていた。
そんなとき、小林さんが隣にやってきて、声を潜めた。
「TSPさん、ちょっと面白い話があるんですよ」小林さん——41歳の運試師。
穏やかな笑顔の裏に、どこか悪戯っぽい光を宿した男だ。
彼は最近、足立さんの「プロ・パディラー」動画が全国の運試師に与えた影響について熱く語っていた。
「足立さんの影響、すごいですよね。SNSで『運試師』を名乗る人がどんどん増えてる。
公認じゃない人も含めて、あれは完全に足立さんの功績ですよ」
彼はグラスを傾けながら続けた。
「スナック『月夜』のママのお店にいた女性も、今じゃ彼氏と一緒にストリーマーやってるらしいです。
いいことばかりじゃないけど……嬉しいニュースが増えてるのは確かですね」
小林さんの声には、どこか感慨深い響きがあった。
「運試師」という言葉が、ただの遊びではなく、一つの文化、一つのビジネスモデルにまで育っていく
——その現象を、彼は心から喜んでいるようだった。私は頷きながら、ふと彼の視線に気づいた。
小林さんの目が、会場のどこかを探している。
人混みの中を、ゆっくりと泳ぐように。そして——視線が止まった。
「……見つけた」小林さんが呟いた。私は首を傾げた。「どうしたんですか?」
彼はにやりと笑った。
「今日は、少し変わった人を紹介しますよ。ブラックハットの、Zさんって人です」
「ブラック……ハット?」唐突すぎて、言葉に詰まる。
「年齢も職業も不詳なんですがね。罰ゲームの内容と景品が、かなり面白いんですよ」
「罰ゲームと……景品?」リアクションに困っていると、小林さんはもう歩き出していた。
「詳細は本人に聞いてみてください。とにかく、面白い人です」私は困惑しながらも、彼の後を追った。
会場の一角、八人ほどのグループが円卓を囲んでいた。
皆、酒を片手に盛り上がっている。小林さんはそのテーブルに近づくと、
ひとりの男性の肩を、指先でトントンと軽く叩いた。
振り向いた男性は——どこにでもいる、普通のサラリーマンだった。
スーツの上にカジュアルなジャケット。髪は短く整えられ、眼鏡の奥の目は穏やかで、
年齢は小林さんと同じくらい、40代半ばだろうか。
……これが、ブラックハットのZさん?私は内心で首をひねった。
もっと奇抜な服装、長い髭、怪しげな雰囲気を勝手に想像していたのに。
目の前の男性は、ごくごく普通の人に見えた。小林さんが私を紹介し、簡単に挨拶を交わす。
五分ほど雑談したところで、Zさん——ブラックハットのZさん(略してBHZさん)は、静かに口を開いた。
「成功体験を積み上げることが、大切なんです」声は低く、落ち着いていた。
「私たちは、子どもの頃から『あそび』を通じてスキルを磨き、感性を養い、想像力を培ってきました。
同時に、無防備だったあの頃は、『危険』の意味を知らずに夢中になり、大怪我をしたり、
命に関わるような事態を招いたりもした」彼はグラスを置いて、ゆっくりと続けた。
「親や大人の保護・監視がなければ、『安全』も『安心』も得られない——そんなことを、
何かのきっかけで学びます」「私が提案する罰ゲームは……」BHZさんの目が、静かに光った。
「大人たちが忘れてしまった、あの原点を思い出させるためのものです。
感性、スキル、想像力——それらの源である『あそび』を、もう一度、呼び起こすために」
言葉の端々に、確かな熱が宿っていた。小林さんが言っていた通り——確かに、面白い人だ。
私は思わず身を乗り出した。で……どんな罰ゲームを用意しているんだろう?
好奇心のギアが、カチリと一つ上がった音が、自分の中で響いた。

