SNSやブログを投稿するとき
自分の中の恐れを感じることがある。

文章を書いている時や
投稿した直後
もしくはしばらくたってから
何とも言えないモヤモヤした気持ちに
なる時がある。

そのモヤモヤにじっと焦点を当ててみる。
「私は何を感じてる?」





ひとつは単純に
「見られることへの恐怖」

私のなんてことない日常を発信して
それを見た人にあきれられないだろうか。
「きっと興味ないよね」とか。



そしてもうひとつは、
「誤解される恐怖」

自分が表現しようとしていることが
見る人に正しく伝わるかどうか。

自分の表現を
私が思ってるのと違う風に
受け取られたらどうしよう。

「誤解されたくない」
自分の内面にせまった内容を書くときは
この気持ちがでてくる。


どちらも要するに
「他人にどう思われるか」

誰にも嫌なコメントなんて
されたこともないのに
そんなことを怖がっている。

他人が私について
いろいろ思ってるさまを
頭の中で想像してる。

なんて無駄な作業だろう。

他人が何を感じ
どう思うかなんて
私には全く
どうしようもないことなのに!

それは完全に他人の自由なのだ。

相手が自分をどう思うかを
自分の思い通りにしたいというのは
コントロールだ。

それは自分には

どうしようもできないこと。
他人には他人の
自由にものを思う権利がある。


そもそも私は誰の何の為に
それをしたいと思ったんだっけ?

私が投稿をするのは
私に表現させてあげるため。

こうするとスポットライトが
自分の内に戻ってくる。

外にスポットを当てれば
いくらでも他人の意見に惑わされる。

人生は選択。
何にスポットを当てて生きるかは
自分次第。

実在するかもわからない
コントロールもできない
外に当てるのか
内に在るものに当てるのか。

両方に当てて前に進むことはできない。
相反する2つのエネルギーの流れが
互いを打ち消してしまうからだ。

だから私達は
慎重に選ばなくてはならない。
どちらの声に従うのかを。

ひとつは不快な声のはず。
もうひとつはもっとずっと
心地よい声のはずだ。

それを選ぶことは
怖いことかもしれないけれど。