人生というものはオープンワールドのゲームのようなものであって、自分が操作できるのは自分の体だけ。他の人や生き物が自分のゲームにしか存在しないmobキャラなのか、それともネトゲのようにそれぞれにプレイヤーがいるのかどうかは私からは観測できない。
このゲームは自分の肉体が死ぬことなどにより操縦不能になることでいつか必ず終了する。
ゲーム後に生まれたところからどれだけ遠くに辿り着けたか、またはどれだけレアな経験を通過したかを振り返って終了する。
このような考え方をいつからか信じて人生を生きているんだけれど、似たような考えの人は多いのではとも思っている。このような考え方に名前があったりしないだろうか。
「あんたバイオリン興味あるんやってなぁ」祖母が言った。 高校の頃、駿台の帰りによく祖母の家で晩御飯をごちそうになっていた。 ある日祖母が一組のCDを勧めてきた。あまり自己主張をしない祖母であったが、お勧めのCDを教えてくれたのはこれ一度きりだった。 「秋の夜長になぁ、これ聞くとしみじみしてええんや」
CDは2枚組でソナタが3つパルティータが3つ収録されていた。それぞれ小さな曲が4-6曲から構成されており全部で27トラックほどあった。バイオリン独奏の曲で無伴奏だそうだ。
聞いてみて驚いた。どの曲もまるで複数人で演奏しているかのように聞こえるのだ。頭拍を伴奏で刻みながら長いメロディーを重ねる、旋律を複数で追いかけっこする、これ全部一人の人間と1挺のバイオリンだけで実現しているのだ。
大学のオーケストラ部でバイオリンの技術を学び、楽譜を購入して見て一層驚いた。一見不可能なようなこの曲はすべての構成音が1挺のバイオリンだけで実現可能なように設計されていたのだ。
バイオリンの持つ可能性を数百年前から発見した素晴らしいバッハの作品を丁寧に現代に実現したヘンリクシェリングのこの演奏は手元に持っておきたいCDである。





