『子供を不幸にする一番確実な方法とは、
それはいつでもなんでも手に入れられるようにしてやる事だ。
子供の欲望はたえず大きくなって、おそかれはやかれ、やがてはあなたがたの無力のために、どうしても拒絶しなければならなくなる。
ところが、そういう拒絶に慣れていない子供は、欲しいものが手にはいらないという事より、拒絶された事を一層辛く考え、不正だと認識する。
欲しいと言えばなんでも手に入る子供は、自分を宇宙の所有者と考えるようになる。
彼はあらゆる人間を自分の奴隷とみなす。
時として拒絶されたという不正が、彼の天性をゆがめる。
かれは全ての人に憎しみを持ち、いくらきげんをとっても受け付けず、あらゆる反対にたいして腹を立てる。
そんな風に、怒りに支配され、このうえなく激しい情念にさいなまれている子供が幸福であるなどとどうして考えられよう。
そんな子が幸福だとは、とんでもない。
誰よりも卑しい奴隷であるとともに、誰よりもみじめな人間だ。
人は、君が偏見によって支配する人々の偏見に君は依存し支配される事になる。』
著:ニーチェ
『エミール 上』より
近代教育学の本ですが、この本を通して今を生きる僕にも随所に参考となる所があります。
特に
『君が偏見によって支配する人々の偏見に君は依存する事になる』
という言葉には感銘を受けました。
【現時点で学んだ事】
嫌な事をされる時もあるし、納得できい論を押し付けられることもある。
そんな事と出会った時に、対抗したり反論したり、時には反撃したり。
そういう幼稚な対応をして自分まで成り下がる必要はない。
自分がなりたくもない姿の人間を目の前にして、哀れみと慈悲を持って優しく接する。
理性によって自尊心が生まれ、決して自尊心を欲求や感情によって埋め合せる事ない生き方。
理想だな。という事。
ルソーはとにかくズバズバと自分の考えを書き綴る。
文頭で『私は他人の考えを書いているのではない。私の考えを書いているのだ。自分が少しも疑っていないことを、どうして疑問の形で言えることができよう』とあります。
まさしくその通りであり、この言葉が凄く重要になる一冊。
『エミール 上・中・下』
はじめまして。
23歳・東京住まいKang兄貴と言います。
身長:172
体重:75kg
体脂肪:16%
ポジション:リバ
体育会出身・現在ジム通いの至って普通なGayです。
まえがき
~Gayの自分がGayらしくある事、人の自分が人らしくあること。
『人生とは?』という命題にGayだからこそ出来る何かを見つけていくブログです~
まえがき おわり
異性を愛して、結婚して、子供育てて、親孝行する人生。
異性を愛せず、結婚できず、子供は育てず、親にGayだと隠す人生。
普通が羨ましいと、何千回・何万回も思った。
物心付いた頃から、男なのに男が好きだった。
それがいつか変わると思ってた、中学時代。そして変わらないと知った、高校時代。
『ただ、男が男を好きなだけ』
それだけの事と思い込んでた。そしてそれが楽な居場所だった。
だけど、それだけじゃないと最近感じるようになった。
学生時代は大阪に住んでいた僕は、
中学3年生の頃から、自分を模索するようにGayタウン(堂山)にでかけるようになった。
※1Gayバーに入るわけでもない、※2発展場に行くわけでもない、まさか※3売り専をするわけでもない。
(※1:Gayが集まる飲み屋、※2:Gayが集まってSEXをする為のお店、※3:男に体を売って稼ぐ事)
ただそこに赴いて、裏路地に腰を下ろす。
街を闊歩するGayを見て『僕の居場所はここなのか』と自問自答する。
そんな日々が18歳まで続いた。
高校を卒業した僕は、かねてよりのぞんでいた東京に上京する事になった。
そして自由になれた僕は、Gay活動を活発に行った。
友達に紹介され、Gayバーに行った。
友達に紹介され、Gayイベントにも行った。
そして友達の話しを聞いて、発展場にも行った。
いつからか、友達が増えていった。
僕の友達にはGayバーで働く人・イベントに出る側の人・イベントを主催する側の人
そんな風にGayタウンに太いパイプを持ち、Gayとして精通している人達と知り合う事になる。
そして、その人たちと共に時間を共有する事が週末の日課となった。
友達の働くGayバーで騒ぎまくり、友達の出るイベントにはゲストとして無料招待され、時には自分がイベントに参加する側として舞台を走りまわったりもした。
知り合いにはコラムニストも数人いて、メディア露出のある方々もいたので、会話のセンスは抜群、いつも僕を楽しませてくれた。
毎週のように二丁目に集合し、みんなでどんちゃん騒ぎ。
グループにはGayとして有名な人が多くいたので、飲み屋に行けば、知り合いだと名乗るGatたちがどんどん加わり、5人で二丁目に入れば、出る頃には20人になってるなんて当たり前の事だった。
友達には色々な人いた。
毎週土・日は海外旅行に出かける、やり手商社マン。渋谷の高層マンションに住む、テレビ局ディレクター。
その反面、30代でアルバイト生活。男の家に潜り込んでヒモ生活。そんな人たちもザラにいた。
そんな多種多様な人たちが、なぜ一同に集まって、どうして仲良くできるのか?
その答えは凄く単純で≪ただ楽しむ≫それだけだったからだと思う。
毎週海外に行こうと、有名人が多く住む渋谷のマンションに住もうと、30代でアルバイト生活だとしても、ヒモ生活をしていても
目的である≪ただ楽しむ≫その事だけが実行されれば、それでよかった。
『○○君が自殺したよ』
なんて話しも始めは驚いたけど、今ではどうって事ない話し。
23歳の僕が見ても、(この人はこれからどうやって生きていくんだろう?)と思ってしまう人は沢山いる。
だけど決して、それを教えてはならないし聞いてはならない、センシティブな部分。
目的は≪ただ楽しむ≫それだけだったから。
そんな世界から、僕は去年の夏、足を洗った。
決して足が汚れたからって訳じゃなくて、23歳の僕がいるにはあまりにも、独特なその居心地のよさが危険だと感じた。
それから少しして、大阪の同級生から電話があった
『俺、今度東京遊びに行くから、家に泊めてよ。』と。
もちろん、友達は僕がGayである事を知らないし、友達自身も絶対にGayではない。
重ねて、僕は同級生の友達に欲情する事もなければ、恋愛対象の目で見ることも決してしない。
その同級生とは、小学校からの付き合いで幼馴染。
話す会話は尽きない。くだらない会話も凄く楽しい。
その幼馴染が僕に夢を語った。
『俺の将来の夢はな。結婚して娘育てて、地元で喫茶店開いてカフェを夫婦と娘で営む事やねん。』
僕にとっては衝撃的な言葉だった。
Gayである僕が、結婚を出来ない(しない)事はもちろん、子供も育てられない。
僕の夢は、どこまでも独りよがりの夢でしかない。
だけど幼馴染は、自分の人生に色々な荷物を入れて夢を語る。
自分がすごくちっぽけに感じた。
幼馴染は続いて親孝行についても語った。
『東京転勤の話しもされる。だけど、俺は親の面倒をみてあげたい。だから東京には行かずに大阪にいたいなぁ。』と。
僕は親に自分がGayである事を言っていない。
だから親とも一線をおいて生活してる。
『彼女は出来たんか!?』とか『結婚するなら○○○だぞ!』という会話は、Gayである僕にとっては煩わしい。
だからなのか僕は、高校卒業をして、自由を求めて上京し、そして一人暮らしをはじめた。
結果、凄く自由で居心地が良い。
パソコンのデスクトップに男の壁紙を使っても、壁に男のポスターを貼っても誰も文句を言わない。笑
Gayで親元を離れ一人で暮らす人は多いと聞く。
その理由の一つとして≪Gayである事を言わずに親と過ごすのが大変≫という理由は少なくないらしい。
もちろん、いい年になればなるほど『結婚はしないのか?』と親にも心配される。
カミングアウトをすれば良いって軽く言えるほど、Gayにとってカミングアウトは楽じゃなかったりする。
これからも親には自分がGayだと言わずに生活していくのだろうか?
親が還暦になって面倒を見なくちゃいけなくなった時には、僕はGayとして彼氏がいるかもしれない、築き上げたGayコミュニティーがあるかもしれない。
その中で、親に対してどれだけ面倒を見てあげられるのか。
そんな事を思い始めた。
親は結婚を望むだろう。
親は孫を望むだろう。
親は僕の幸せを望むだろう。
そして僕は、
結婚は出来ない。
孫も見せてあげられない。
僕の幸せの一部は親には隠しながら生きてる。
二丁目で酒を飲んで、Gay仲間と騒いで、
結婚もしない・子供も育てない、そんな自分には金は余る。
その余ったお金でお洒落を楽しみ、娯楽を楽しみ、酒を楽しみ。
そしていずれ、死んでいく。
あまりにも虚しい。
僕はたくさんの人に守られ育てられてきた。
そして、同級生の幼馴染は
今度は守られる立場から、守る立場へと変わろうとしている。
そして、Gayの僕は。。。
Gayとして生きる事。
そこからは目を背けてはいけない。
Gayとして善く生きる事。
それを見つけて、たくさんの人に恩返しをする。
Gayとしての生き様。僕に出来ること。
守られる立場から守る立場へと。
以上、
始めの挨拶とします。
これから、「自分らしさとは」「善く生きるとは」「Gayとは」などという感じで、
人生をベースに『善く生きる』その命題に沿うブログを書いていきます。
よろしくお願いします!!!
注:特定の宗教や、思想などはございません。もちろん、それ等に対して偏見や否定もありません。
幅広く色々な角度から今後ブログを更新していく予定です。

