世間では大人と言われる年齢になってから、既に何年も経ちました。1人で生活もしました。

それでも全ての人と上手く関われるわけではないですし、いろんなことで悩んだりします。自分一人で出来ないこともたくさんあって助けを求めるのに、相手の言うことに納得できなくて反抗したりもします。

大人と言われる年齢になって、そもそも大人と言う概念自体が大人の事情で作られたんじゃないかと思いました。大人の定義が無いからです。

「大人の事情事情が理解できるほど大人になれない」(「大人の事情」Juice=Juice)

大人になってから訊いてもこのフレーズが心に残るのは、年齢が大人になっても周囲の人の気持ちや考え方を100%理解できることは無くて悩むからではないでしょうか。

 

そう考えると「子ども」は他人や社会の考え方にやり方が理解出来る人、「大人」はそれを理解できる人と定義できます。でも、他人の考え方や社会のやり方に100%納得して理解を示せる人なんていません。そうすると世の中には「大人」はいないので「大人の事情」自体がなくなってしまうという矛盾が起こるのです。

 

それでもある程度の年齢になると「大人」のフリをできるようになるのです。「大人のフリからお本当の大人」(「Crazy完璧な大人」 ℃-ute)になる日は来ないけれど、それでも「大人」として生きていかないといけない「大人の事情」を理解したら「大人」になれるんですね。