「同じ」になりたい。

「普通」がいい。

そういいつつも、

じぶんだけの存在、「オリジナル」になりたかった。

 

でも、じぶんだけが持っているオリジナルになると飛び出てしまって

同じようにはいられない = 全体から孤立してしまう

 

だから、

オリジナル。じぶんだけの持っている感覚でいると

孤立するから、生きていけないかもしれない。

  どうやって、まわりとあわせようか。

  どうやて、周囲になじもうか。

そのためには、

 どうやってじぶんを隠していこうか。

 どんなふうに変形させていこうか。

 

そう考えていたときが長かったようです。

 

でも、じぶんのオリジナルな感覚で過ごせているときの方が、

じぶん自身が楽しくごきげんでいることができるし、

愉快ななかまに出会えてた。 <孤立はしなかったよ。

そんなお話。

 

+++

 

サクラが咲く時期で、お花見の話題ふえる時期だけれど、

「花を見に行こう」

…ということで

菜の花を見に行きました爆  笑

 

「菜の花を見に行きたい」とサクラの開花でにぎわうときに思い立ったとしても、

一緒に菜の花のお花見をおもしろがってくれる人がいる。

だから、「孤立」なんてしないし、孤立できないようにできてるみたい。

 

お出かけ先は、菜の花のかおりいっぱいの広場。

山の上に上がったおかげで、空と海とが青くみえて、とっても広々。

 

 

声を上げて。

じぶんのやりたいことを伝えてみる。

実際に動いてみて、

じぶんのやりたいことをやってみる。

 

それを見て

「わたしも、それやりたい」となってきた人たちが集まってきて

また集団がうまれてくる。

 

・・・どうしても「孤立」はできなそう。

同じ集団の中で存在し続けることにこだわりすぎなければ。

そして「やりたいこと」できているぶんだけ、

ごきげんな様子で過ごすことができてくる。

 

 

菜の花を見に行った場所でも、

 思い思いに、いろんな方が広場で過ごしている。

菜の花をみていたり、咲き始めているサクラを撮影してたり、

ヨガをしたり、走り回ってたり。

それぞれに、それぞれのことをして楽しんでいる。

 

花の咲き具合も、おなじ広場のなかでも少しずつ違ってきてる。

 この違いが出てくるわけは、日差しや風のあたりぐあいの違いなのか...

 

まるっと同じ空間を持っているはずだけれど、

反応する場所、反応しているものによって、びみょうなずれができてくる。

ずれや違いがあったとしても、

同じ場をつくりだすひとつずつのパーツで、

そのパーツがよりあつまって、きょうの風景が出来上がってた。

 

それぞれに動きがある中で、

場という空間を共有して出来上がっている大きなうねり。

 

 

全部、いちように。同じものがせいぞろい。

その規則正しい美しさも好きだけれど、

うねりのある大きな美しさも好き。

 

オリジナル。わたしだけの「特別」。

それは、すごく当たり前のもの。

 

みんな、それぞれが「特別」なその人。

みんな、それぞれがオリジナルで、

それぞれに変わっていて、

それぞれに普通じゃない。

 

それぞれの人が、

その人の「やりたい」を優先出来て、ごきげんに過ごせれば、

その「ごきげん」を共に楽しむことのできる空間、場がうまれる。

ごきげんな場を共に過ごすことをたのしむ人たちとも出会える。

 

 

じぶんのオリジナルな気持ち、

じぶんだけの「特別」な感覚、

じぶんの好き、

じぶんのやりたいこと。

全部、あらわしたほうが。もっとごきげんな世界に近づいてく。

 

 

あなたは今 しあわせです♡

あなたはとっても運がいいです♪

時の流れに乗って過ごします

 

今日も素敵な一日♡ ありがとうございます虹