約10年前、学校の先生になりたくて
子育てをしながら英語科の中高1種教員免許を取得しました。
現在、中高一貫の私立学校に勤めながら
中学2年生の担任、高校3年生の授業も担当しています。
子どもたちからよく
『先生はなんで先生になったの?』と聞かれます。
一言では答えられないので、ブログに書いておこうと思いました。
私の生徒たちへのアンサーとして
Dear my Students
私が英語の先生になるまで、とってもとっても遠回りしてきたお話です。
時は遥か、うん十年前。。。
小学校3年生の時の担任の先生から、「世界に羽ばたけ!」
というカードをもらい転校して、その学校と先生からお別れした後もずっとお守りにしていました。
世界に行ってみたいと強く思うようになり、英語やスペイン語を学んで可能な限り色んな国に行ってみました。
大学のアルゼンチン人の恩師には君は南米の方が合うよと進められて、エクアドルの大学に留学しました。南米!?ジャングル!?アマゾン?とイメージしていましたが、私が通った大学やホームステイしていたお家は上流階級で、お手伝いさんもいて、長崎の2万円台のアパートに住んでいたころより裕福な生活を体験させてもらいました。
とはいえ、発展途上国のエクアドル。一歩外に出ればインディヘナという民族の方たちが路上販売していたり、たくさんの子供たちが物乞いをしていて毎日声をかけられる。
お金がない学生時代。でもこの子たちよりは明らかにいい生活をさせてもらっている
どうしたらいいか分からなくてもどかしい日々。
行ってはいけないと言われていたスラム街に通い、
親がいなかったり、貧困のため学校にいけない子供たちの施設でボランティアをすることに。週に1~2回、子どもたちと折り紙をおったり、おしゃべりしたり
私と話すことで、子ども時代の一瞬が楽しい思い出になればいいな。と思うくらいの活動しかできませんでした。
夏休み、アマゾン出身の友達の実家Tenaという村に行きました。
バスで5時間、その後はロバに乗って2時間![]()
衝撃的なアマゾン生活。
そこで出会ったカレンという女の子に、この村に初めて日本人がきた!と歓迎され
日本人の価値を再認識させられます。
字を覚えたいけど、鉛筆やノートがないんだと言われ、家のお手伝いや妹の世話ばかりだけど、日本人の友達ができたと嬉しそうにするカレンのキラキラな目がずっと焼き付いていました。
ペール―やコロンビアなども旅してみました。
どこへいってもよく言われたのが、日本人と話してみたい。日本語を覚えたら
日本人の観光客がもっと増えるはず。
日本人は団体旅行で来るが、添乗員がいてスペイン語や英語で話をすることはほとんどない。
南米のような発展途上国で、私は日本人としてできることがあるに違いないと
意気揚々と帰国しました。
先ず、日本語教師の資格をとり、南米の子どもたちと交流するサークルを立ち上げます。でも、外国人が日本語を覚えるのには大変な苦労がいるし、
鉛筆やノートなどの物資を送りたかったけど、膨大な送料や税金がかかり
すぐさま断念。。。
日本語講師としては長く奉仕させてもらってきましたが、日本人が英語を覚えて
コミュニケーション取った方が断然早いと思い、語学教室を設立。
学校の英語では会話をなかなか学べないとよく耳するようになり、
だんだんと、学校で沢山の子どもたちに使える外国語を身に着けてもらいたいと思うようになりました。
留学していたので教員免許を取りきれず、しかも専攻していたのはスペイン語。
日大の通信で英語を勉強し直し、子育てしながら30歳ごろでようやく教員免許を取得しました。
ざっくりと私の半生!?をお話してきましたが、
先生になったのは、挫折感から。私もまだまだ十分な英語が話せるわけではないし
力になれると思った南米の子供たちへなんの支援もできず無力感ばかりが残った学生時代。
私1人の力ではどうにもできないけど、無限の可能性を秘めた子供たちとなら
世界をよくする種を蒔けるかもしれない!
子どもたちに、外国語の武器を託して、私と一緒に世界へ羽ばたいていく仲間が増えたら、ちょっとは豊かな世界が広がるかもしれない!
そんな野望を胸に、学校の先生になりました。
実際に、これまで英語やスペイン語を一緒に学んでくれた生徒さんたちは
色んな国に羽ばたいていってくれています。
先日も、高校3年生の女の子が大学入試の推薦レポートに私のことを書きたいと
取材に来てくれました。
先生みたいになりたくて、国際協力関係の大学を目指しています。
英語が得意ではなかったけど、これからは話せるようになりたいんです。
彼女と初めて会ったときは、ほんとに英語ができなくて。。。
3年生になったある日授業後に、先生の英語分かりやすくて、楽しくなってきました!走って追いかけてきた彼女からのメッセージはずっとずっと心に響いています。
私の夢が叶っているとまた実感できて。
嬉しくてたまらなかった。
1人ではできないことばかり。
だから、みんなと学び合い、世界を知って羽ばたいていって欲しい。
小3の時に出会った先生が私に力をくれたように、
そんな先生になりたくて、
みんなの力=世界への力
ことばは世界を広げるんだと信じて、
過酷な教員生活を送っています。![]()
今回、取材してくれた子のお陰で
よく聞かれる質問にアンサーブログが書けました。
Special Thanks SAKURAKO.
I hope your dream will come true.
Love Elly
アフタートーク
カレンのいとこでアマゾンに連れて行ってくれた友人とお父さん。
息子のユーリとエクアドルへ、お互い子連れで再会。
留学中も常に励ましてくれ、今では子育ての悩みを聞いてくれる、南米のファミリー!
カレンも結婚し子供が生まれ、SNSで繋がっています。
文字はスマホ上で覚えたみたいw
沢山の挫折と苦悩を味わった南米では、常にスーパーポジティブな友人やホストマザーに支えられていました。
また、こんなお話書いてみようと思います。
Adios Hasta luego!








