パスの質、ボールの置き所、仕掛け、パス&ムーブ、フェイクの質(種類)、間で受けてからのプレーの選択、ファー詰め、3人以上の関わり。

ドリへの対応(特に縦ドリ)、カバーリングのタイミングとスピード、コンタクト、前に出るプレー(インターセプト)、意図的ではなく構築されない守備組織。

基本が足りない。





Android携帯からの投稿
彼らはすごい!
楽しんでいるというのはこういうことだと思い知らされる。
与えたことを何割も増して表現してくれる。

勝手に巧くなれる。
奪ってはいけないのは彼らの楽しみと豊かな感性。

指導を間違えて捉えると大事なものを奪ってしまう。



Android携帯からの投稿
今日の自分はどうだったか。
こなすではなく、自分に問うように求めたか。

想像の範疇ではあるが、ようやくそこに繋げられたプレーがでた。

テクニックとアイデアがないから力んでしまう。
力んでしまうからテクニックとアイデアが出ない。

どちらにせよ自信と余裕を身につけるだけの努力不足。
染み付かなければ使えない。




Android携帯からの投稿
人生は登山だ。


苦しみの先にあるものを知っている人は強い。
一歩一歩を力強く踏み込める人だけが辿り着ける。

苦しいことは止めれば楽になる。
悪魔が囁く。
残るのは悔い。

腰が引けるほどの、足がすくむほどの、心が折れて目を瞑りたくなるほどの、心底の苦しみに向き合えるか。

頂点に立つ人はその苦しみの先を知っている。
だから止めない。
覚悟の一歩であり、確信の一歩。

目に見える景色(成績)だけに賛辞を送るのは当事者以外。
当事者はそれ以上のものを得ている。

それをどう体感させられるか。
僕らが考えなければいけない。







Android携帯からの投稿
何者になりたくてここに居るのか。
トレーニングはノルマではない。
できていないものはできていない。

コンドリを何本こなしてもダメだ。
うまくならない。

こなす日々は止めよう。
ゲームで通用しないからやるんだ。

練習と試合が全くリンクしていないのは、試合で生かすための技術の追求をしていないからだ。
昨日のミスを何とも思わないからだ。

そこかしこに自分がうまくなるためのヒントがあるのに素通りしている。

何本やったから終わりではない。
どのレベルに到達したいのか。
そのために今日どこまでやれたかだ。

喜びや楽しさは、多くの苦労の先に見えるものだ。

誰よりも戦い、誰よりも走り、誰よりもしゃべり、誰よりもこだわること。

それができるか!?



Android携帯からの投稿