朝に紅顔ありて夕べには白骨となる
私の座右の銘であり、ブログ名にもしています。
この言葉は、仏教の教えでお経です。
これは浄土真宗の葬儀(灰葬・還骨)の時に、拝読されます。
浄土真宗(西)本願寺派では、「白骨の御文章」と呼ばれています。
私が好きな、「朝に紅顔ありて夕べには白骨となる」はその中の一文です。
全て書くと長くなるので、省きます。
気になる人は調べて下さい。
大体の意味は、
今日・明日の事しか考えない人々を見ていると、人の生涯は儚いもの。幻のようです。今は元気でも、次の瞬間には死んでしまうかも知れない。
「朝には血色の良い顔をしていても、夕には白骨となる身であります」
無常の風が吹くと、即座にその二つの眼を閉じ、息が永く絶えれば、血色の良い顔がたちまち変わってしまう。そして親戚が嘆き悲しんでも、どうする事も出来ない。
そのままにはしておけないので、荼毘にふせば白骨しか残らない。…
字数が不安なので、一部省略しました。
私は、何故かこの言葉を知っていた気がします。
しばらくは、この様な内容のブログです。