心理学をSNSで追いかけてると、雑に扱われる環境や人からは離れようという言葉をよく目にします


いわゆる断捨離です。


この断捨離によって新しい自分になるっていう考え方が多いと思うんだけど少しコツをお伝えしてみようと思います。


私もやってたから。うまくいかない断捨離。

捨てる!

もう捨てる物も、環境も、人もないくらい切り捨てて、何も持ってないところまで行きました。


そして、トキメキやワクワクだけを残したつもりなのに

捨てても捨てても、うんざりすることってなくならない。

これってなんなんでしょう。

断捨離っていいことなんじゃないの?


路頭に迷う感じね。


最近ピンときたのはね

そのうんざりすることを捨てても捨てられなかったということがきっかけでした。


捨て去ることもできないほどにエネルギーがなくなっていたのかも。

ともかく捨てられなくて、くっついてくるそのうんざりするやつと共に過ごしてみました。


くっついてくるなら私にとって心地よいやつであって欲しいから、くっついてくるそのうんざりするやつを変質させようと試みた。

力づくで。

結果はもちろん変わらなかった。

わたしが疲れ果てただけだった。


もうバテバテです。



ここでお気づきでしょうか。

変わろうとしていないわたしという人物がいることを。


やっとね、やーっと。

わたしは、わたしの役目をうんざりするやつに押し付けているだけなのだと気づいたの。

自分を放棄して周りに責任を押し付ける図だよ。


以前に断捨離していた時も、自分にとって都合の悪いものを捨て、心地の良いものを残すことによって、外側を固めて自分を成り立たせてたんだよね。


この構図同じなの。わかるかな。

自分で何も決めてない。

環境、人、物に依存したわたし。



その気づきは静かに訪れた。

諦めです。


この感覚が断捨離の効果なのだと思う。



断捨離をしたつもりのパターンは、捨てた後の環境に依存してることに気づけてない。

断捨離したからOK!で終わってしまっている。

きっといいことあるぞ!…なんかテンション高めなんだよね。

それ、ニセモノ。


でも、そのニセモノさえも必要な通過点ではある。

自分のトキメキやワクワクが何かなんて、埋もれてわからなくなってる人は多いから。

そんな自分も許してあげて欲しい。


静かな場合は諦めは必ず訪れる。

この感覚になると静かに自分を丁寧に扱えるようになる。


この感覚でいると、丁寧な環境や物や人に囲まれることになる。