前回、愛するとは、相手が喜ぶことを知り相手に喜びを与えてあげること、と書きました。
私の子どもたちが喜ぶことって何かな~
と考えた時、いちばんに浮かぶのは私や主人がちゃんと子どもたちに向き合って一緒に遊んであげることです(*^-^*)
高価なオモチャや遊園地も楽しいけど、場所は近所の原っぱだって、私たちが子どもと一緒に笑い転げて遊んであげるほうが子どもたちの満足度が高いように思います。
実際私も、幼いとき父と河川敷で遊んだことや母と一度だけバレーボールをしたことを今でも懐かしく覚えているんですよね(*^-^*)
旦那さんが喜ぶことって何かなあ?と考えた時、浮かぶのはあたたかい朝ごはんや夕飯です(*^∀^*)
夕飯にはビールも用意されていたら最高(*^^*)という感じです
こうやって相手が喜ぶことを知る(考える)というのは楽しくもあり、我にもかえります。
大体、自分を大事にして欲しいなあと思うようなときって、私が相手を大事にしていなかったり、相手が喜ぶことを無視していることが多いからです。
相手の喜ぶことを知って、それを与えてあげることは愛だなあって実感しています。
与えたものが与えられるというのがこの世の摂理ですが、与えれば即、私に与えられるというのも面白いところです(*^-^*)
子どもたちと一緒になって笑い転げていると、「遊んであげてるんじゃなくて私が遊んでもらってるなあ」と思うことがあります。
与えることと与えられることって実は同じことなんですよね。
そしてそこには必ず楽しさや笑いがある(*^-^*)

旦那さんが喜ぶことを知り、与えるときも同じです。
必ずそこには笑いや楽しさがあります(*^-^*)
逆に笑いや楽しさがないときは、「私のこと愛してよ。私に感謝してよ」と【奪う】気持ちになっている時がほとんどなんですよね。
奪おうとしても決して得られないようになっているのが面白いところです
そんな時は相手も「自分に感謝してよ」と内心思うようになっています。
知っていようといまいと、自分に似たものを引き寄せる引き寄せの法則であったり
色即是空、空即是色(しきそくぜくう、くうそくぜしき)
自分の色が相手に映るというこの世の摂理が、例外なく誰にでも働いているというのはとても面白いです
相手に不満や怒りをぶつけたくなった時は、相手ではなく、自分の中に問題があることのあらわれです
いつだって対峙すべきは自分自身だということを忘れずにいたいですね
今日も午後から楽しい一日を
ありがとうございます

アダム徳永先生「幸せな結婚をするための教科書」より

「愛する」とはなんでしょう?愛するとは、“相手に喜びを与えてあげる”ということです。
つまり、どんなに口で「愛してる」といっても、実際に相手を喜ばせてあげる行動をとらなければ、愛したことにはならないということです。
相手を喜ばせてあげるために、一番大切なことはなんだと思いますか?
それは、“相手が喜ぶことを知る”ということです。
独りよがりでなく、目の前の人を愛していたかな
と自分を振り返りました
愛するとは、【相手が喜ぶことを知り】、相手に喜びを与えてあげることだと先生は仰います
“私が相手にしたいこと”ではないところが気持ち良いです
親に対しても、子に対しても、夫婦関係においても、目の前の人を愛するということにおいてこの軸はズレないようにしたいです
愛するとは、相手が喜ぶことを知り、相手に喜びを与えること
あなたは人を愛していますか?
愛するとは、相手が喜ぶことを知り、相手に喜びを与えること
この世界では、与えたものが与えられるようになっています

自分をしあわせにしたいと思い、自分を愛し、同じように目の前の人をしあわせにしたいと思い、目の前の人を愛する
もうそんなステキな世の中になりつつありますよね
ますます皆さまに、たくさんのしあわせが降り注ぎますように


ありがとうございます

