苫米地英人氏の著作を何冊か読んだのだが、よく出てくるフレーズとして「抽象度を上げる」というものがある。最近つくづく思うのは、この「抽象度を上げる」というものは“伝家の宝刀”と言えるものではないかということである。では、抽象度を上げるとはどいうことか?
例1
サッカー、野球、バスケット…これらをひっくるめて何て言うでしょう?
→スポーツですね。
例2
トヨタ、日産、本田…これらをひっくるめて何て言うでしょう?
→自動車メーカーですね。
つまり、各要素を包摂する1つ上の概念を捉えるということですね。
では、なぜこれが“伝家の宝刀”なのか?
集団において、自分と同じ価値観の人とそうでない人がいるとします。恐らく同じ価値観であれば、優先順位の付け方やメリハリのタイミングも同じでしょう。しかし、価値観が違うとすれば上手く噛みあわないことでしょう。
さあ、ここで抽象度を上げてみましょう。するとどうなるか?
価値観に違いがあれども、互いにモチベーションがあるということが見えてくる(なければ別の集団へと移行するはずだからだ)。この視点に立てば、むしろ違いがあることを歓迎して、そこから新しいものを生み出していけばいいという風になる。
SMAPだってキムタクが5人いたってしょうがないし(熱烈なファンなら話は別であろうが…),細胞分裂を止めてSEXする時点で既に異種混合な訳だし。
という具合に、抽象度を上げて捉えてみると現状の認識が変わってくる。色んなケースで使えると思うので、これを知って良かったと思う。苫米地氏に感謝だ。