組織の末端にいると、書類にやたら押印が必要なのは、しかたがないのかもしれない。

たとえば、出張書類一つとっても、自分で出張者の印を押したあと、いくつかの部署を回って、あと⚪︎つももらわないとお外に行けない。
その紙切れには、その後複数の赤い名を記したハンコがぺたぺた押されていく運命が待っているわけだ。

某管理者だの、施⚪︎長だの、⚪︎部長だの、その上はもうほとんどお目にかかったことのない人たちの印鑑が向こうで待っているかと思うと、この(形式的というか空疎な)秩序が崩れたとき、ここに慣れた人たちはどう実社会で生きていくのだろうかと思う。

さて、この空欄を書類提出者が一人で埋めていくのは不可能。
だから、部署によって上の方の人たちのハンコは自動的に(本人の知らないところで)パシパシ押されていく。
ちなみに私の部署は、その部署の長が次の執行権者のハンコも預かっていて、そこで二つ押される。
その後は自分で(または同じ職場の人に頼んで)総務へ持っていけば、トップのハンコまで揃う(システム)になっている(はず)。
そう、下っ端がちょっとお外に出るなぞ、所属部署が把握していれば、すむことなのである。

そこでもし滞りが生じたらどうなるか。
お外に行けないばかりか、仮に出る前にハンコが揃ったとしても、会計課で「もう本年度の会計の〆は終わっているのに、今頃出されてもホント困るんですよ(プンプン)」と烈火のごとく怒られるのは目に見えている。
(たぶん、いつも大きい額のお金ばかり扱っていると、この部署の人たちのあいだには、組織全体の財政を一手に引き受けているという錯覚とそれに基づいた誇りがふつふつと生まれてくるだろう。自分の仕事に責任を持つのは素晴らしいけれど、あんなに威張らなくてもいいと思う。)

会計さんの話は別としても、もうこれだけ官僚制的形式化が進むと、そこに自分(オレ様)流だの、正論(そもそも組織たるものはこうあるべし)だのを介在させても周りが困惑するだけである。

ええと、何を言いたいかというと、このところ、どうも事務が滞るなあと思っていたら、上の方のハンコの持ち主で全ての書類に自らハンコを押したがる人が出没したらしい。

一瞬その話を聞いて、ほら、あのドラマ、ドクターズのバカ院長を思い浮かべた(失礼)。

トップダウンで物事が動くというのを実感したいらしいのだが、まず組織の実態を知った方がいいような気がする。

そのうえで、改革を唱えれば、周りの賛同も得られるだろう。

このままでは、あの院長と同じ運命のような気が。

最近、政治家の言動を見ても、どこの組織の権力者も、つまらないことにこだわるあまり、本質を見失いがちではないだろうか。

下々の者がああだこうだ言ってもしゃあないですが。