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◆「大いなる助走」古い作品です。
→同人誌で地味に頑張って小説家を目指していた青年の作品が有名文学賞の候補になり、そして……という話。同人誌内部での人間関係のドロドロさや、「文壇」の醜さ・恐ろしさ、選考にかかるカネ・色、なんてものが赤裸々に(もちろんフィクションです!)描かれています。氏独特のドタバタ手法が冴えています。「狂気」の表現も筒井作品の醍醐味ですょね!
「文壇バー」なるところに筒井氏本人と思しき「若手SF作家」が登場しグラスを噛み破ったりして、それも面白かった。
◆七瀬シリーズ三部作、これも古いです。
「家族八景」
→火田七瀬、テレパス。ひとつところに留まっていると自分の能力を他人に知られる恐れがあるため、高卒後、転々としても不自然ではない職種「お手伝いさん」になります。お手伝いさんの七瀬が、いろいろな家庭に住み込んで、その内部を見てしまう……という話。
家族同士がお互いに無関心・自分勝手な家庭、「清潔」の概念が欠落しているきっったない家庭、マザコン夫と嫁と姑、若作りの奥様と研究者の夫婦、等々。
「七瀬ふたたび」
→美しく大人になった火田七瀬。「お手伝いさん」が徐々に不自然になり、旅に出る。列車内で、同じテレパスの少年ノリオや、予知能力を持つ青年と出会います。七瀬はクラブホステスをしながらノリオとふたりで暮らしますが、テレキネシスやタイムトラベラーなど「超能力を持つ仲間」と出会い絆を深めていきます。
一方、「超能力者は人類の敵」と目し抹殺しようとする謎の集団が現れます。七瀬に感情移入している読者からしたら、こっちのほうが「悪の集団」ですw 七瀬たちは彼らから逃げながら次第に追い詰められ、真っ向から戦うことに!
「エディプスの恋人」
→七瀬は名門私立高校の事務職員、という設定です。強い「意志」の力によって守られた「彼」。「彼」自身が超能力を持つのではなく、「意志」が彼を守っているのです(冒頭部で、野球の硬球が破裂!)。七瀬はこの少年に関心を抱き「彼」の生い立ちを探ります。
やがて七瀬は高校生である「彼」と恋に落ちます。この不自然な感情はなんなのだろう?どうしてこうも執着してしまうのだろう?……
かなり長いこと、「七瀬」は筒井作品のなかでダントツのヒロインでした。
特に「ふたたび」の後半シーンは号泣しながら読んでいた。いかにもSFという作品ですね。「エディプス」は文字の配置が面白かったり。「八景」はドメスティックな設定にもかかわらず心理描写だけでSF、という手法が凄かったなぁ。。。
◆「残像に口紅を」いわゆる前衛小説、実験的小説です。
→ある日ひらがなの「あ」が消えます。すると「あ」がつくモノや事象がなくなってしまう。奥さんは主人公を「”あ”なた」と呼べなくて「もしもし」とか変な呼び方をします。「朝」もダメだから午前中の早いうち、のような表現に置き換えます。
次になくなるのはどの文字だったかしら?ちょっと手元にないため書けませんm(_ _)m
五十音がひと文字ずつ消えていき、濁点(が・ざ等)半濁点(ぱ等)も消えていき、最後には階段を転げ落ちて「ん」ひと文字でオワリです。
なんと表現して良いかわからない絶妙さですww
◆「敵」新しめの作品。
→奥さんに先立たれた元大学教授(75歳)の日常。お料理や晩酌を楽しみつつ自分を律しながら生活しています。丁寧な濃やかな描写が続きます。独居老人だからってだらしなくならないように、というダンディズムが格好良い。食卓も簡素ですけど優雅な雰囲気。
ある日、PCに流れたメッセージ「敵です」「皆が逃げ始めています」―「敵」とはいったい!?
「老いる」ということを考えさせられました。淡々とした描写から徐々に狂気が見えてくるところに筒井氏の筆力が感じられます。
◆「パプリカ」出ました、七瀬に次ぐヒロインの登場です!
→夢をモニターで見たり夢に介入したりして精神疾患を治すことができる、という設定です。サイコセラピー治療の第一人者・千葉敦子、実は裏の顔は「夢探偵・パプリカ」。敦子女史は20代後半の落ち着いた美女なんですが、パプリカちゃんは10代の少女(ジーパンと赤いシャツ、そばかすというお転婆なイメージ)。患者の夢のなかに登場したパプリカは、患者本人と会話をしながら夢の分析を行い、回復を促します。
サイコセラピー機器の開発者・時田浩作、ノーベル賞ものの開発をやってのけてしまう人物ですが、彼が開発した機器「DCミニ」が盗まれます。盗んだのは院長派!敦子は盗まれた「DCミニ」を奪い返そうとしますが。。。。
ん~、これはパプリカというヒロインには惹かれるものの、後半の「妖怪」たちの出現がちと気に入らない。夢と現が入り組んでどちらにいるのかわからなくなるところなどは良かったです。
ながながと失礼しましたm(_ _)mつい熱く語ってしまいました☆

