私の人生の主人公は私。



いろんなことがあるたびに、

出来事や相手やらが主体になっってしまいがち。



あれがこんな風にならないかな・・・とか

あの人がこうしないかな・・・とか。



そうしたら願いは叶うのか?

そうじゃないよね。



主語を自分に。




私が、目標を達成するための道のりの途中で、

  今、こういう出来事がある。

  今、こういう人が、こういう行為をしている。

それは単なる要素。



肝心なのは、「私」だ。



出来事や、周りの人を正しく見ないで

「私が」と言うのは単なる現実逃避だけれど



出来事や、周りの人に

主体を譲らないようにしよう。




それだけで、見える景色も

心の中も違ってくる。



さあ、一歩進もう。









なんでこんな人と出会っちゃったんだろうとか


いつも「本物」だけに囲まれていたいって思っていたけれど・・・・



ふと気づいたこと。



もし、「こんな人」に会わなかったら、「本物」の良さがわからなかったかもしれない。


「本物」に触れ合う」有難さもわからなかったかもしれない


「こんな人」との交流を通して、違和感を感じたからこそ、


自分の目指す道がはっきりとしたのかもしれない





純度の高いものだけがいいとは限らない


不純物があるから故の気づきがある




安心していたい自分のココロは、予想外の出来事や


自分の価値観と異なるものとの出会いに抵抗感を示すけれど




大丈夫!!


この出来事が、この出会いが、ココロの個性をさらにはっきりと浮き上がらせるから。


そして、自分の進む道を、より爽やかに、はっきりと照らすから。




あとはその道を進んでいくだけ天使





思い描いていたことが現実のものとなった時、


目の前には具体的に対応しなければならないことがたくさんある。



目標がなかなか実現しないときに、


流れが停滞しているように感じるとき、


ただただ、待つことしかできないとき、


心の支えとしていた、目に見えない世界のこと。


それはそれで、本当に大切な、


自分の心の礎となるもの。



けれど、


目の前に、現実的に対応すべきことがある時、


勝負の鍵を握るのは、


その礎を基にした、自分の「具体的な行動」。



今の自分と、つい3ヶ月前の自分を比べると、


自分の意識の変化に驚く。



だからあの時、あれほど、


これまでたどってきた、自分探しの道、癒しの道を振り返りたかったのかな。



まとめが終わると、次のステージの幕が上がった。


なんとも出来過ぎな気がするけれど


この世の仕組みとは、そういうものかもしれないですね。



ここからは、かつて描いた目標の、


その真っ只中を進んでいきます。



自分の軸探しの過程で出会った、さまざまな癒しと、そこからの気づきを


心におきながら、進んでいきます。