このブログを読んでいる方は幸せについて考えた事は一度ならず何度もあると思う。私もその中の一人であるから断言できる。幸せについての回答は人生にとって永久に謎であると。
幸せとは何だろうか。友人に聞いてみた。「お金に余裕があり、友がたくさんいて、愛する人がいて、守るべき家族がある事。そして死ぬときに笑って死ねる事かな」私は次になぜ?と答えた。友人は困った顔をしながら、これがあたりまえだからだと答えた。
実際友人はお金に余裕もないし、恋人もいないが、幸せになる事についての幻想のみで幸せについて口実した。他の友人たちにも同じことを聞いたが、全員が違う回答だった。この事から人それぞれ違う幸せへの想いがあるのがわかる。実際に幸せになれるかどうかもわからない夢をいつまでも見続けるのである。その夢に向けてほとんどの人は努力しない。サラリーマンが起業を夢みて準備している間に人生を終えてしまう。そんな世の中なのだ。
まず、この世に運命というものは存在しないし、神や死後の世界も科学的に存在しないと思う。こんな事を言うと宗教の方に怒られそうだが、実際問題いてほしいと私は思う。死後の世界にしろ、死んだあとの事を思うと夜も眠れなくなるからだ。自分自身の存在が消えるのは怖い。しかし、それは世界人類全ての生命が少なくとも数十年で必ず訪れるからだ。
人は生きるために働いていると思う。少なくとも生活するためにお金が必要だ。この世には数%の金持ちと残りの貧乏人によって世界は成り立っている。人々は平等だろうか?いやそんなはずはない。生まれた国や生まれた家庭、これから接する人、予期せぬ事故、病。私だけなぜ?などと思い悔む事もあるだろう。それは、この世界は平等ではないからだ。ましてや運命なんて子供騙しにすぎない。少なくとも私たちは幸せになる権利がある。そこで幸せとは何だろうと私は思ったわけだ。
たくさんの哲学本を読んで幸せの定義を読んだが、最終的な答えを求めることはできなかった。人それぞれ違うのだから当たり前だが、一つだけ大きく関わっている事がある。それはお金や、友情、恋愛等ではなく時間だ。金や友情、恋愛全てにおいてうまくいった人が最後に口にする言葉がこうだ「生きる時間がほしい」と。
あなたは今何をしていますか?人生の限りない時間を有効にお過ごしだろうか。先ほど私は、人は平等ではないと言い切ったが、与えられる時間は違えども世界人類すべて平等に渡されるのだ。死も皆平等に訪れる。しかし、もし神がいるとするならばレイプ等で殺される人達があまりにも可愛そうとは思わないだろうか。戦争や震災で死んでいった仲間たちは?生きている間はまるで無責任の様に無法地帯と化している。ならばそれを人間の手でどうにかしていこうじゃないか。私はそう思う。