本当に、ここであっているのだろうか…。
那智は疑問を持ちつつ、南志賀玖通り29番地に位置するある建物の前に立っていた。
その建物は近辺の住宅と比べて豪邸、多くの敷地面積を所有する平屋だった。
所謂下宿、地主は他人に部屋を貸すほどの余裕があるのだろう。
「八月一日宮」と書かれた表札の隣のインターフォンを押す。
ぴんぽーん、と気の抜ける音がした。
……返事は無い。
もう一度、押してみる。
返事はやはり、ない。
「こんにちはー…」
控えめに引き戸の扉を開ける。
…ありとあらゆる靴が四散している。並べられている靴が0だ。
「あー…、客人かよ。めんどくせ」
正面にある階段から痩躯な男が降りてきた。
那智と碧伊の邂逅だった。
校舎に残っている生徒達は六本しかいない。
窓の下を覘けばテニス部員がウォーミングアップをしている。自分も早くその場に行くべきなのだが、気がかりになる事があるため一人残っていた。
「――――――……」
放課後の三年棟で鈴の音が聞こえる、という噂が流れ始めたのはいつ頃だったか忘れた。
幽霊の仕業、とまでいわれてくると馬鹿馬鹿しくなってくる。現実主義者の六本には受け入れがたい現実だった。
ゆっくりと身体を向け、階段を下りようと足をかける。
その時不意に肩をつかまれた。
ビクっと肩を震わせ、振り返る。
旧制服を着た女生徒だった。濡れたような長い黒髪、病的に白い肌。
肩を掴まれた手は異常に力が入っている。今にもメキメキと音を立てそうだ。
あまりの事に声も出ない。
手を思い切り振り払い、逃げようとしたがソレよりも早く女生徒の両手が六本
の身体を突き飛ばした。
バランスを立て直すも、遅かった。六本の意識は暗い闇の中に飲み込まれていった――
挿絵:クロ様