どっかに“生まれ変わったらネコになる”って書いたな。
うん、ネコになるよ。
生まれ変わるんならね。
でも…
選べるとしたら…どぅかな…
生まれ変わんないかもね。
実際、生まれ変わりがあるのかどーかって話。
誰も答え知らないじゃん。
あー…
知ってる人もいるのか。
そういうの見えちゃう人。
そういう人の事信じてないわけじゃないよ。
ホントだったらすげぇなって思うし。
でもその人達が見えてるもん、ウチには見えないしね。
だから答えなんか知らない。
死んで分かればそれでいいし。
死んでも分かんないならそれでいい。
自分が誰かの生まれ変わりかどうかとか。
知るわけもないしね。
“見えちゃう人”が教えてくれるっていうんなら.…
聞いてはみようと思うよ。
それで“へぇ”って思って、
おわり。
だってたとえ“誰か”の生まれ変わりだったとしても、
ウチはその“誰か”ではないからね。
“●●を好むでしょう?”とか
“■■■に行きたいと思うでしょう?”とか
趣味思考が全部その“誰か”が原因してるみたいに言われたら…
なんか腹立ってくるもんね。
え。
だってじゃあ“自分”どこいっちゃうんだょ。
“それも含めて自分なんだょ”
って言われても…
見えもしないし、感じもしないし。
なんかそーいうの…
操られているみたいで嫌だもん。
ちょっと…本気で腹立ってきたから本題に戻しますw
“生まれ変わりがある”っていう前提のお話だもんね。
それは…
死に様で違ってくるんじゃなぃかなぁ。
あぁ、勿論生き様でも。
生まれ変わる事を選んだとして。
でもそれは人間じゃあないな。
だって今人間じゃん。
“あーなりたい”“こーなりたい”は、
生まれ変わんなくても出来んじゃないの。
少なくともソレに近づく事は。
男の人が“かんっぺきな女になりたい!”
っていうくらいの変貌は、難しいかもしれないけどねw
同じことなんだよねぇ。
人間として生まれ変わったとしても…
それは“誰か”で“自分”じゃない。
だから人間にはならない。
そーいうコト。
だから人間として楽しめるもんは、
生きてるうちに楽しみつくしてやればいいんだよっ。
そうしたら別にさ。
生まれ変わりがあろうとなかろうと…
大した問題じゃなくなる気がする。
あぁ、そぅ。
なんでネコかっていうのはね。
“すっげぇ好き”だから。
それだけw
end
