14時46分 そのとき私は会社にいました。
ちょうど今開発中の試作機を組み立てていて、色々作業台で打ち合わせをしていました。
突然、縦にグラグラっときてその直後横に激しく揺れ、最初は立って試作機を抑えていましたが、途中から立っていられなくなり作業台の下にもぐりました。
作業台の足をつかんでいましたが、一緒に揺れてしまうし、周りからは物が落ちる音、ガラスの割れる音が聞こえます。
2,3分くらいでしょうか、体感的にはもっと長い時間だったように思います。
揺れが治まり、作業台の下から出てみると、フロアにある棚などはほとんど元あった場所から離れていたり倒れていたり。
スプリンクラーの管が破裂したのか、天井からは雨のように水が降ってきています。
すぐに放送が入り、何も持たずにすぐさま外に避難。
避難途中で見た建物の状態は、床と壁には亀裂が入り、一部の壁は剥がれていました。
外で建物を見ていた人の話だと、信じられないくらい建物が横に揺れていて、中にいる人は駄目だと思ったみたいです。
正直、中にいた私も駄目かと思いました。
いったん建物内の人は外に避難し、その後別棟の食堂に移動するも、余震が続き怖くて私は外にいました。
その時点で、家族とはなんとか連絡が取れました。
私の両親は茨城県の北部、福島県の県境の町に住んでいます。
しかも目の前は海水浴場。徒歩10秒といったところでしょうか。
大津波警報が出ていることも情報として知っていたので、すぐに連絡。
帰ってきたメールが「恐ろしい」の一言。
どれだけ今回の地震が恐ろしかったものか、よくわかるメールでした。
その後、総務部から連絡があり、今日はすぐに退社するようにとのこと。
建物内の損傷がひどく入らないようにとの連絡があるものの、さすがに財布も何も持たずに出てきている人がほとんどのため、自己責任で立ち入りを許可してもらった。
地震後の建物に入ると、避難中より損傷がさらにひどくなっており、フロア一面水浸し。しかも、緊急のブザーがずっとなっている。
かろうじて私の荷物は濡れてはなかったけれども、机の上のPCは倒れ、モニターは行方不明。
あんまりじっくり見ることはできなかったけども、かなりひどい状態だった。
その後電車は動いているわけはなく、車通勤の人に途中まで送ってもらい、その後徒歩で1時間半ほどかけて帰宅。
帰宅の指示が出てから、渋滞にはまったこともあり、帰宅まで約4時間ほどかかった。
ひとまず、帰宅途中で両親の無事は確認が取れたので一安心したけれども、自宅は津波でやられたらしいとのこと。
この日は携帯の緊急地震速報にびくびくしながら深夜に眠りにつきました。