同時多発テロから13年の日。
テロのあったあの日から数カ月前、私はManhattanのフラワーショップへ自分を売り込みに行き、そんな意気込みを買っていただきブライダルの仕事をしていた。

New Yorkブライダルショーの舞台装飾やブーケの制作、World Trade Center(WTC)での結婚式、などすぐにチームのリーダーも任された。

つかみ取ったチャンス!!つまらない駐在生活に大きな変化が訪れていた時だった。


しかしそんなチャンスのさなか、良かったのか悪かったのか・・・、テロの1か月前(2001年8月)にNew YorkからLos Angelesへの転勤が決定し、夢半ば引越し。
転勤が無ければ、WTCの屋上でブライダルの仕事をしていただろう。


テロのその日(2001年9月11日)、日本からの電話で起こされた。

「大変なことが起きている。テレビをつけて!!」

Los Angelesは朝の6時前。寝ぼけたままテレビをつけると、あのビルに旅客機が突っ込んでいた。

映画のワンシーンか、夢か、なんだかよくわからなかった。

テレビから離れることができず、一日中英語で流れるテレビの中継を見ていた。
段々状況がわかってくる。あちこち見覚えのある建物に突っ込む旅客機。崩れるビル、煙・・・。

涙が止まらず、身体が震えた。
「なんでこんな酷いこと…!!」と、テレビに叫んだのを覚えてる。

普段は車が程良く走り、青空のLos Angelesの街中も気持ち悪いほどひっそりとし、殆どのビルで半旗が掲げられている。街中を歩く人の気配もほとんどない。
日中一人で家にいるのが怖くて、駐在の同僚の家に行ったり、家に来てもらったりし、一人で過ごす時間ができるだけ少なくなるよう、そして気持ちが落ちていかないようにがんばった。

泣きたいのをこらえ、平常心のフリをするのに懸命だったのはこの頃と思う。

本来支えてくれるはずのパートナーは…、会社のことでいっぱいだったようで、正直、心のバランスをキープするのが本当に大変だったことは…、今ここで初めての告白。


テロから3か月後(2001年12月)、New Yorkへ行かなきゃと思いあの地へ。

ちょっと前までWTCの広場でJAZZを聞いたり、屋上で仕事をしていたビルは跡かたも無く、大きな穴になっており、その周囲は柵に覆われ、亡くなった方々への写真やメッセージ、お花でいっぱいだった。

私もお祈りをしてきたが、それ以来あの地を訪れてはいない。


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多くの人が悲しみ、二度とあってはいけないと平和を願っているのに、今もまだそうならない現実。
戦いの先にはなにがあるんだろう。

果てしない宇宙の中の、たった一つの「地球」というところに生まれてきた同じ今を生きている自分たちなのに、そんな偶然を喜んで分かち合えばいいのに、と単純に思ってしまうけど…、世界中に一日も早く本当の平和が来ることを願ってる。