農家こうめのワイン-ライ


 4ヶ月の雑種のオスです。

 むちゃくちゃにひとなつこく、人と家にはもう慣れてくれましたが先住ネコとはまだ仲が悪いです(向こうが拒絶する)。


 ひとなつこすぎて夜寝かせてもらえません(^^;

 いわゆる野菜工場に関しては、実際にやっている人に色々聞いてみたいなと思ってはいますが、いまはまだロクに知りません。なので想像でものを言いますが、いくつか問題があると思います。
 メリットとして挙げられるのは高い効率と安全性ですが、そのどちらも私には疑問です。


 まず効率ですが、その前になぜ「野菜」工場なのでしょうか?・・・と疑問形で出しましたが答えは、麦や米などよりも高値で取引できる野菜でないとペイしないからでしょう。
 本来、日本国内で野菜の供給はそれほど足りていないわけではなく、高効率で大量生産したいものは麦やトウモロコシなどの米以外の穀物なのですが、野菜工場で作られているものは主にレタスやハーブなどです。数年前、異常気象でレタスが高騰したことはありましたが、基本的にはいつでもそれなりの価格で買えるものですし、今よりもっと効率的に供給しなければならない理由はありません(もっともそれは国内の食糧供給がどうとか言う視点での話で、工場を運営する営利企業から見ればどうでもいいことではありますが)。時期によっては捨て値で取引される野菜を(下手すると捨て値ではなく本当に捨てられる)、年中供給できることはメリットだとしてもさほど強いものでもないような気がします。
 そして、いくら高効率で安定生産し、その結果低コストを実現したとしても、野菜価格の引き下げ期待は必ずそれを上回ります。コスト割れに耐えられる体力については、ハイテク工場よりむしろ農家のほうが強いかもしれません。


 コストが本当に低いのかも疑問です。まあ現時点ではそれなりに低いのでしょうが、工場での低コストとはつまり人力や太陽光などを電気に置き換えていると言うことだと思います。つまり石油です。
 いまの普通の農業でも化石燃料に頼る割合は大きく、化学肥料や農薬や暖房の燃料、農業機械ももちろん石油で動いていますが、それをもっと化石燃料にシフトしたデザインと言うのは将来的にどうなのでしょうか。もっともその辺は、実際の消費エネルギー量を比べてみないとどうこう言えませんが。
 少なくとも太陽エネルギーは相当に強力で、しかも特に何もせずとも得られるあたり既存の農業は有利です。これを人工的に大面積で再現できないからこそ野菜工場はきわめて限られた野菜(レタスとハーブ)の工場でしかないわけで。


 そして安全性ですが、クリーンルーム並みの設備を作って病害虫を防ぐために、無農薬栽培ができると言うのはいくつかの意味でやはり疑問です。
 まず農薬を使わないから安全と言うのは、当ブログで過去から散々に主張しているように変に短絡した考えです。
 そもそも工場に病害虫がいないのは環境中の話であって、作物の病気は環境中だけに存在するものではありません。持込菌といって、種が元々持っている病原菌があります。普通は種を農薬で消毒して対処し、無農薬でやりたいなら温湯消毒ができますが、しくじればクリーンルームだけに手のうちようがありません。密室内で農薬使用なんて絶対無理でしょう。まあその作を諦めてつぶし、室内を滅菌しなおせば良いでしょうが。
 話がわき道に逸れましたが、少なくとも「工場だから無農薬でいける」は幻想です。だいたい外部の病害虫を防ぐ設備のコストが農薬より高そうです。お金と言うよりエネルギーコスト・環境コストですが、もともと(いわゆる)有機農法のメリットって環境保全にあったんじゃないのか。


 まあ、そうこう言っても野菜工場そのものについて意味がないとか愚策だとか言うわけではありません。私にはよくわからないと言うだけで、やりたい人はやればいいですし、やるなんておかしいと言うつもりもありません。ちゃんと儲かる事業に出来れば、誰も文句をつけるいわれなどありません。
 ただし文句が言えないのは事業者が個々に取り組むことであって、例えば国の政策でこういうものをどんどん推し進めていこう!と言う話になれば、バカか?と言うと思いますが。


 野菜工場について考えた時に面白いと感じたのは、「工場で作った野菜なんて不自然だ」と言う考えが私にもあったことです。「工場で野菜を作って、何が悪い」と言われると感情的に否定したくなりますが、ではその否定に理屈をつけようとしたとき困ります。上にごちゃごちゃ書いたことは実現が難しいと言う理屈で、無理とかやってはいけないとかの話にはなりません。
 自然の土壌と太陽光で育てた野菜こそがいいのだ、てな話をしたとき、「光と土壌を人工的に再現すれば自然と同じだろ」と言われたら、それが困難だとは言えるでしょうが、原理的には正しく、否定しつくすことは出来ないでしょう。


 こういう感情的に否定したくなる気持ちは、私自身がブログで散々叩いている自然至上主義、いわゆる自然教の教義と同じです。考えてみれば野菜工場なんてビニールハウスのすっごい版みたいなもので、ビニールハウスのことを否定しない人が野菜工場を否定することはできないでしょう。


 ただ、本家の(いつも叩いているような)自然教の人たちは意外とこういうものを拒絶していないと思えるのは何故でしょうか。いや拒絶しているのかもしれませんが(調べてないので知りませんけど)、そういえば「無農薬栽培のクリーンな野菜だ」と言う売り文句が通用するのはまさに自然教の人たちに対してです
 自然教の人は「工場で作った無農薬の野菜」を喜んで買うのでしょうか。それは「無農薬栽培の身体にいいタバコ」と同じくらいおかしいと思うのですが。

 つい今やってるバラエティ番組なんですが、なんかニュースを解説するやつ。医療問題についても取り上げ、「現在産科医が減少している理由は何か?」一つは労働条件の過酷さだが、さてもう一つはなんでしょう?

 番組が用意した答えは「訴訟リスクの高さ」。それ自体は間違ってはないと思いますが、そこで思考を止めるなよと。

 つまり、訴訟リスクの高さが問題だとして、ではなぜ産科医の訴訟リスクは高いのか。番組でもごちゃごちゃやってましたが、しかし最大の原因はまさにテレビ報道にあるでしょう。アホみたいに偏った報道に、覚えが無いとは言わせません(言うだろうけど)。
 勝手な感覚ですが、訴訟に関わるリスクとマスコミに叩かれるリスクを比べるとマスコミの方が重いのでは?と思うこともあります。

 マスコミが医療問題を取り上げるなら、まさにマスコミ自身が問題の中心にあるという感覚がない限り、少なくとも医療業界のマスコミに対する感情が好転することは有り得ないでしょう。

 ところで関係ないけど、番組でこの問題について解説したのはあの、おおたわ史絵。名前が出た瞬間吹き出してしまいました。