とある小学校から依頼を受けて、小学生向けに農業で何か喋ることになりました。


 まあそういうことは初めてではないし、仕事が一段落したところだったので多少余裕もあり、先方の先生と少々打ち合わせをしていたのですが、そこで「安全で安心な農産物をつくることについてなにか取り組まれていることはありますか?」と質問されました。


 そういう話はブログやtwitterでさんざんしてきたことで、いくらでも話せるわけですけど、まさか小学生相手に農薬取締法から話していたらいくら時間があっても足りないし、まあ当たり障りないところに落ち着けておくかとも思うのですが、ただ正確で簡潔なところを正直に話すと「特にそういう取り組みはありません」となってしまいます。
 農産物など、普通につくる限りにおいて、安全に出来るに決まっており、安心については「わざわざ何かする」こと自体がなんだかあざとくてあまり好きではありません。
 農家の自家精米、そして直販と言う形はもしかしたらうちの顧客の安心に繋がっているかもしれませんが、安心を目指して始めた仕組みではないし、減農薬や有機肥料の使用なども正確に言って安心のためではありません。

 こういうところは多少嘘をついて、あざとくやった方が商売にはいいんでしょうが、まあ小学校で喋るって件で商売もなく、バランスに悩むところです。


 ところで、「安全安心について何か取り組まれていますか?」のようなことは、あまりにも見慣れた・もらい慣れた意見だったのでするっと流していましたがl、後からちょっと考えてしまいました。


 というのは、繰り返しますがそういう意見は立場的にけっこうよく目にしますが、そういう意見が出てくること自体の背景に「食品の安全安心は生産者(提供者)が責任を負うべきである」という前提があるように思えるのです。


 もちろん生産者側から、食ったら腹を壊すような野菜が出て行くとか言語道断ですけど、しかし事を野菜や食品というモノではなく食事にまで広げると、安全安心な食事とは消費者も一緒になって作り上げるものであることは明らかです。


 例えば交通安全ですが、自動車の運転手は安全な運転を心がけるようあちこちでさんざん指導されますが、仮に完璧な安全運転を行っていても、歩行者が突然車道に飛び出せば事故は起こりえます。歩行者だって横断歩道を守るとか、信号を守るとか足元に注意するとかして、運転手などと共同で安全を作ります。
 食事においても、仮に世界一美味しくて安全な素晴らしいジャガイモがあったとしても、それを日なたに2週間ほど放置したあとに生で皮ごとバリバリかじれば、腹を壊したりもっとひどいことになったりします。


 「安全や安心について何か取り組まれていますか?」とは、生産者相手に言うのもいいですが、しかし消費者に向けて言われることが非常に少ない言葉なのではないかと思うのです
 というのも、先ほど挙げたジャガイモについて、その芽や皮ぎしには毒性の強い物質が含まれていて、特に青みがかったようなものは非常に危険である、というのは人によってはほぼ常識であるにもかかわらず、それでも毎年のようにジャガイモによる食中毒は発生しているわけです。お勉強が足りないとしか言いようがありません。


 今のご時世で言えば牛の生レバーがそうです。この7月から提供が禁止されましたが、そもそも生肉自体リスクが高い食べ物であったのは以前からの常識で、しかも去年はユッケで死者を出し、いろいろあって今年の規制となりましたが、その間に消費者の生肉生レバーに対する知識は上がったのでしょうか。上がった人もいることはいるでしょうが、6月末に生レバーの「駆け込み需要」とやらがあり、案の定食中毒の患者をたくさん出しています。
 もちろんそれらは、規制や危険情報を無視して生レバーを提供した店舗や、危険情報をさっぱり出さなかったマスコミの問題が大きいのですが、そもそもその背景に「食品の安全は提供側が責任を負うべき」という意識がかなり強くあるのではないかと思います。つまりマスコミは「危険情報の周知徹底を」全く店や行政任せにしていますが、それは一消費者としての態度を代行して、私らには責任が無いよという表れでしょう。


 こういうことを言っているからといって、生産者や提供者の責任が緩和されるべきだと言っているのではありません。ただ、消費者の側の責任ももう少し上積みしてもいいでしょう。それは「自己責任」とか一言で言いたくはないのですけども。
 自己責任というと、なんとなく、いきなりリスクテイクするようなイメージがあるのですが、その前に勉強すると言う段階が重要でしょう。現状で普通に語られる「生レバーにおける自己責任」は、ただ無鉄砲なだけでむしろ無責任で、個人で収まる気がさっぱりしません。


 個人的には、本当に安全安心について何か取り組んでいたら、例えば食肉の放射線処理などとっくに議論に乗っていてもいいし、少なくとも生レバーの提供禁止には至っていないのではないかと思います。