主に農業経済評論家を中心に、日本の米はもっと安くするべきだと主張する人がいますが、その理由に日本の米価に国際競争力が無い(海外米に比べて高い)というのがあります。


 まず米を安くするべきとの考えは、裏返すと今の米が高いという主張なのでしょうが、海外と比較せず絶対的な米価を考えた時に果たして米は高い品物なのでしょうか。よく言われるのは、米は茶碗一杯30円くらいという話で、つまり5キロ2000円の米を買って一杯分を65グラムとすると、2000÷5000(g)×65(g)=26円です。一人あたりにすると、今の日本人は平均にして年間60キロほどの米を食べるようなので、1ヶ月当たり2000円です。5キロ3000円の、かなり高い米を買っても茶碗一杯40円です。言うほど高いものとは、私は思いません。


 農業の集約化をもっと進め、もっと効率的な大規模専業農家ばかりにすればコストダウンに繋がるという根拠があるんだから、つまり安くできる余地はあるんだから安くするべきだ、という感覚でしょうか。順番逆でしょ。集約化の結果として安くなるならまだしも、まず安くして、ついてこれる所以外は潰す、ってのが本間正義あたりが言ってることです。
 そもそも彼らに、米価に対する適正水準のイメージはあるのでしょうか。仮に米を1俵1万円にしたら、それで本当に満足してもらえるのでしょうか?きっと、なったらなったで「もっと集約できる。安くできる。しろ」と言うのでしょう。


 で、米が高いとするもう片方の根拠、つまり国際競争力の弱さです。これに関連して、ほかの製造業は熾烈な国際競争に晒されているが農業は保護されている!という主張が産業界からなされることがあります。そんなこといわれても、農業で言われる国際競争と、機械製品などで言っている国際競争はルールもカテゴリも違うだろうと思います。
 個人的には、日本の米や穀物が国際競争に勝てる可能性はゼロだと思っています。


 そもそもなぜ日本の農産物は高いのでしょうか。もともと、農業で国際競争をするにあたって「日本農業」という時点で大きなハンディを背負っているのです。それは、世界一土地が高い日本で行わなければ「日本農業」とは言わない事です。当然人件費も高いです。
 農業を効率的に行うならば広く平坦な土地が必要ですが、日本はそういう地形ではないのは常識です。平地は少ないどころか、その少ない場所を圧倒的な人口密度で埋め尽くしていますし、今現在だって平地の田んぼをどんどん潰してイオンを作りまくっています。
 そんな中でもっともっと農地集約を進めて、農家一戸あたり100や200ヘクタール作るようになったとします。今でも延べ耕作面積が100ヘクタールを超える農家は存在しますが、かなり少ないですし、日本では超大規模農家と言っていいでしょう。が、アメリカやオーストラリアなどと比べると、それでも桁違いに小さいです。文字通り一桁以上違うのです。さらにかかる人数も違う・・・つまり一人頭の面積にするとさらに差は広がります。日本にはアメリカなどで使っている超大型の農業機械や固定翼機による播種・農薬防除など行える場所はありません。
 タイやインドネシアなどとは人件費が違います。未だに人件費が多くを占める農産物で、年収数万円の人が作ったものとどうやって競争できるでしょうか。


 そんな話を前提にすると、「ほかの業界では熾烈な国際競争をしている」という話のむなしさがわかってもらえると思います。例えば日本車は海外にも進出して競争し、しばしば勝っていますが、相手にしているのは所得のレベルがそう変わらない先進国です。しかも国際競争に勝つためにどうしているかといえば、土地も人件費も安い海外に部品製造工場を作っているんじゃないですか?
 農業側から見てみればそんなのはドーピングに等しいです。先日中国産輸入農産物をどう考えるか というエントリでチラッと書きましたが、もし中国やアメリカなどで日本人主導・現地雇用で農業を行い、それを日本に輸入しても「日本国産食品」として良いならば自給率はドンと跳ね上がり価格も抑えられます。
 つまり産業界のお偉方は、自分達は「価格で」海外競争をしているわけではない(ヒュンダイや第一汽車やLGなどより安い製品を作っているわけではない)にもかかわらず、日本の米には「価格で」アメリカや中国と張り合え、と言っているわけです。


 自動車メーカーがやっているように、品質や安全性で勝てというならば日本農業は圧勝です。さほど気にも留められていないでしょうが、日本の農産物の品質高すぎです。実際に高品質を目指す方針で、なんなら海外の富裕層向けに・・・とやっている農家もいます。私は海外販売はともかく、日本農業の生きる道はそちらしかなかろうと思っています。
 クルマでいえば確かに国産車はヒュンダイよりは高いですが、それでも日本国内でヒュンダイは全く売れていません。高額分の品質とプレミアムを認められているので、ほかに安いクルマがあっても日本車は国内でほぼ独占状態です。


 ・・・もっともこういう理屈には、きっと反論があるだろうなとは思います。それにしても高いのではないか、高いほどには品質に差が無いのではないか、です。
 が、最初に書いたとおりに普通の家庭が負担している米代は月数千円程度です。こっちとしては、そんなに重い負担を強いているつもりは無いんですよね。で、安くしても高が知れています。


 日本は食糧を自給する必要があるのか、「国産食料」と言う存在にはどれほどの価値があるのか、日本の農産物の品質にはどれほどのプレミアムがつけられるのか。結局はこういう事柄に対する価値をどれほどに見積もるかがポイントでしょう。今はまだ誰も、ちゃんとした見積もりは立てていません。なのに「もっと安くできるはずだ」と言う願望をもとに値下げを迫っています。
 国産プレミアムなんかに一切価値が無いと思うのならば叩けるだけ叩けば宜しいでしょう。私は、それらの価値が高いなどとは言いません。よくわからないのです。ポジショントークするならば、自給率を失うのは計り知れない損失だ!とでも言っておけばいいのですが正直そんな考えは無いです。


 経済評論家が言うのは、「農家の皆さん、もっと米安くできないと勝てないよ?生き残りたかったら安く作りなさい。出来ないなら辞めて農業法人に土地を明け渡しなさい」です。トヨタ店で値切りに値切りまくって「これだけしか安くならないの?ヒュンダイはもっと安いよ?」と言っているお客を見るような気分なんです。
 極論すれば「だったらそっちで買えば?」です。「別に生き残らなくてもけっこうです」で脱農業。安値合戦では絶対勝てないです。
 私は逆に、お国や消費者の皆さんに聞いてみたいのです。それでいいのですか?と。・・・まるで責任放棄か脅迫みたいなものいいですが。


 日本医療の安さ・便利さがどれほどの価値を持っているのか、誰も見抜くことができなかったために日本医療は崩壊しました(過去形)。日本の農産物の価値はいかほどでしょうか。
 月の支出が1500円抑えられるなら中国米でも構わない、と言うならばそれはそれで一つの見識です。それならちゃんと言ってもらえればこっちだってあきらめはつくんですが、別のところを見ると「安全・安心は最優先だ!」「中国の野菜なんか怖くて不味くて食えない」なんていう話もたっぷりあって支離滅裂です。


 以下妄想。
 ・・・長々と書いたんですが、実は以上の話はどうでもいいんです。なぜなら経済評論家が言う「国際競争力」と言う言葉自体が欺瞞だろうからです。
 結局「米の国際競争力」とは「中国米並みの価格で、日本国産の品質のものを作れ!」という無茶振りをされているに過ぎないと私は感じています。そんなもん誰が考えたって無理ですよ。前提が明らかに違うものを比べる無茶さも、わかっていないはずがありません。国際競争とか言いながら価格競争しか扱わず、品質についてあからさまに無視したり、目標を一切設定しない「集約化」などなど普通の知能を持っていればありえない思考です。
 ではなぜ彼らはこんなことを主張するかと言えば、やり方によっては勝てるかもしれないという幻想を一般的に植え付けるためでしょう。となると「安くできないのは、怠慢な百姓のせい」となります。で、じゃあ経営効率について一日の長のある大企業が農業参入すればいんじゃね、となります。
 あるいは「本来競争できるはずだ」と思わせ、工業界の海外進出について後押しするために農業補助金や農産物の関税を外しやすくしたい、との思考じゃないですか。