村上龍が主宰するメールマガジン「JMM」には医療特集号があるのですが、それになぜか「農薬の空中散布」と題したものがありました。群馬県衛生環境研究所長の小澤邦寿氏によるものです。
 JMMはバックナンバーをウェブ上にアップしているのですが、新しいものが出るまでには少し時間がかかり、この小澤氏のエッセイはまだアップされていません。が、別のブログでアップロードされたものがあるので、こちらをご覧下さい。全文こっちに上げると長いんで(^^;


Report: 農薬の空中散布
http://gensizin2.seesaa.net/article/126819947.html


 まず、農薬にも何も関係ない疑問点を一つ上げておきます。
 この話題に関して色々調べている中に、あるブログを見つけたのですが、


こなすの部屋 農薬空中散布と健康被害と天下りの利権
http://2nd.geocities.yahoo.co.jp/gl/ko2006nasu/comment/20090714/1247574407


 こちらのブログエントリは、7月16日に放映される(今現在は、された)「クローズアップ現代」に関して、出演者から情報を貰い、そのことについて見解を述べたと言う形になっています。要するに、このブログ主は番組出演者ではないと思われます。
 ところがこのブログエントリに、件の小澤氏によるエッセイと一部全く同じ文章が登場します。



さらに、日本で農薬空中散布の規制が進まない最大の理由は、農水省、特に林野庁、農薬工業会、それとヤマハなどのラジコンヘリ製造元数社が利権構造でがっちりスクラムを組み合っているためです。

この利権構造を中心になって動かしているのが(社)農林水産航空協会(会長:元農水大臣官房審議官)、
http://www.maff.go.jp/j/corp/koueki/syouan/045.html
という農水の天下り法人です。役員に農水省OBが名を連ねています。



 この部分ですが、全く同じく共通して、両者の文章に登場します。もちろん、「こなす」氏が小澤氏であるというなら自分の文章の使いまわしですから問題はありません。が、小澤氏は番組の登場人物の一人です。単に名前バレを防ぐためのフェイクだと言うならそれはそれでいいんですがね。


 さて順番にやっていきますが、まず3年前に群馬県が農薬空中散布の自粛を要請したと言うのは本当ですが、実は当時農薬工業会から意見書が出ています。群馬県が自粛要請した根拠として当時の厚生労働省の健康局長が行った国会答弁での発言を基にしているが、そんな発言はなかったというものです。
http://www.jcpa.or.jp/opinion/pdf/060602ylgkenkai.pdf
 もっともそうは言っても今さら・・・と言う話なので、これについてはこういうこともあったと言うほどにとどめます。


 さて空中散布の危険性についてです。思ったより広がるとか、ラジコンヘリは簡単に軍事転用できて毒ガスを撒けるものだとか、子供が死ぬとか、色々と恐ろしいことが書いてありますが、農薬批判者達がこれまで言ってきたこととそっくりです。つまり、根拠なくただ言っているだけです。特にラジコンヘリの軍事転用VXガスなんかなんでこんなとこでこんな話をするのか全く意味不明で、恐怖心を煽るための胡散臭さしか感じません。
 根拠はある!出雲市の事例ではスミパイン空中散布後に学童ら1200人余りに目や皮膚の刺激症状があったことが判明した!と書いてあります。本当ならば、もちろんあってはならないことです。が、例外事例であろうと思います。自動車の正面衝突事故など年間何件も発生していますが自動車を全廃せよなどと言う話はまず聞かれることがありません。


 もちろんそういう話をしだすと、極端だとか、認識が甘いとか言われるであろう事はわかるのですが、むしろ極端な事例一つ持ってきて全体を批判するやり方は農薬批判者にこそ多いものです。
 私は農薬の空中散布を「絶対安全なものだ」と主張しているのではありません。通常の農薬散布よりは危険な行為でしょう。しかしそれならば、安全に行えばよいのです。空中散布には通常の農薬散布には無い特別な安全規定があります。


農林水産業における空中散布等の実施基準
http://www.ne.jp/asahi/nicelife/nife/nodaten/kuusan/zenkoku/sidoyory.htm  (ウェブページ真ん中より下のほう)


 そして、出雲市の事例ですが実は、原因は空散でなかった可能性があります。小澤氏は原因が特定された事項のように書いていますが、農薬が原因である可能性はあるが断定は出来ないようです。大きな理由は、児童達に暴露したと思われる殺虫剤の濃度が、症状が出るであろう濃度よりもかなり薄かったことです。


出雲市 平成20年5月26日以降に発生した市民の健康被害にかかる原因等の調査および報告について
http://www.city.izumo.shimane.jp/www/contents/1222228281746/files/9-24.pdf


 で、この調査委員会での審議の進行が、一部の委員によってかなり恣意的に動かされた可能性も指摘されています。


本山直樹Website #2 松くい虫防除の薬剤散布の健康影響(2009年7月29日)
http://sites.google.com/site/naokimotoyama/old/090729



驚いたことに、委員会は一部の委員の強引な議事進行と一部の傍聴者の声の暴力によって科学的な議論が妨げられ、1960年代の大学紛争当時の大衆団交の雰囲気を思いださせた。その辺の様子は、第6回委員会を傍聴した科学ライターの松永和紀氏が新農林技術新聞(2008年9月15日)に報告している。
最初からスミパインMC原因説を取った二人の委員は、実に巧妙に記者席を意識したプレゼンテーションを行い、私が宿泊していた(委員会は毎回7-9pmに開催されたので)ホテルで翌朝テレビのニュースをひねったり新聞を開くと、たいていこの二人の委員の主張がそのまま見出しになっていた。メディアの記者が、いかに操作され易いものかと初めて目の当たりにした気がしたのを思い出す。


※追記:

 本山氏によると、番組の内容を検討した限りにおいても、出雲市における「健康被害」は怪しいらしい。ちゃんと根拠つきで紹介されているのでご覧下さい。

#5 薬剤散布による健康影響の根拠として放送された映像の検証 (2009年8月27日)

http://sites.google.com/site/naokimotoyama/home



 さてクローズアップ現代に関する話はこのくらいにしますが、、空中散布が危険だと言うのなら最低限、どれほどの濃度なら危険な症状が出るのか、濃度の空間的・時間的な推移はどれほどかのデータがなければおかしいです。もっとも、そういうデータ無しに危険を煽るのがいつもの農薬批判のパターンです。
 で、実はそういうデータはちゃんとあるのです。


日本農業学会誌 28より 農薬施用技術-航空防除について
http://rms1.agsearch.agropedia.affrc.go.jp/contents/JASI/pdf/society/68-0157.pdf


 これによると、散布区域内で散布中及び散布直後は、ときたま安全基準を超えるような高濃度(とはいえ、安全基準はかなーり安全側に寄った基準)になることはあるが、少し離れれば、あるいは少し時間が経てばあっという間に問題無い濃度になることが分かります。


 ・・・と言う話をすると、「農薬業界が測ったデータなど捏造に決まっている!」と言う人がいて困るのですが、じゃあということで出てくる「真の」データなど無いか、あっても科学的なバックボーンに欠けるものが多くて辟易とさせられることが多いです。
 そもそも、これも農薬批判に対する反論としてよくあるものなんですけど、農薬散布による被害ってまず農家こそが被ってるんですよね。空中散布なんてなおさらで、散布してるそのすぐ近くにいるわけですから、空散がそれほど酷いならやってる人間こそバタバタ死んでないとおかしいのですが、特にそういうことはありません。


 長くなってきましたが、ここから個別に意見していきます。



 松食い虫(マツノザイセンチュウ)を媒介するとされているただ一種類のカミキリムシだけを駆除する目的で、農薬(殺虫剤)を空中から高濃度で散布して、その区域のすべての昆虫を根絶やしにするというような、乱暴なことをしている先進国は日本しかありません。
 その一方で、「生態系の保全」だの「生物多様性」などのお題目を唱えているとすれば、まったく空々しい限りです。
 「環境立国」が聞いてあきれます。



 ええ、そんなこと日本でもしていません。スミチオンで「区域全ての昆虫を根絶やし」なんてできませんよ。どんな薬だと思ってるんだか。群馬県衛生環境研究所長が聞いてあきれます。



 松枯れはある意味では自然の摂理です。カミキリムシが媒介するマツノザイセンチュウだけが単一の原因ではありません。
また、殺虫剤の空中散布では根絶できないことはすでに経験的に確認されています。(cf.滋賀県琵琶湖環境科学センター)
https://www.lberi.jp/root/jp/05seika/omia/31/bkjhOmia31-2.htm



 リンク先を読んでみましたが、「農薬など役に立たない」とは書いてありません。松枯れは害虫以外にも伝染病によるものもあるとは書いてありましたが、それでも害虫を駆除すれば害虫が及ぼしている分の被害は食い止められるでしょう。根絶はできなくとも、被害を減らすことが重要なのです。


 もちろん松に対する空中散布にはちゃんと効果はあるようで、食の安全情報blog のohira-yさんがエントリを上げておられます。

松枯れ防止の薬剤散布をやめた場合の影響
http://d.hatena.ne.jp/ohira-y/20090801/1249135050

松枯れ防除の成功事例
http://d.hatena.ne.jp/ohira-y/20090803/1249313556


 で、次のセンテンスなのですが。



5.低濃度農薬による健康被害 -感受性の個人差が原因-



 この節は全体的に妙な感じがするのですが、まず被害実態などのデータが提示されていないのはいつものこととして、特に低濃度での影響に関してどうも化学物質過敏症の香りがします。つまり、



乳幼児期での有機リンへの低濃度反復暴露により、ごく一部の子供に障害を来す可能性があると指摘する科学者がいます。また、子供がキレやすいうつ病が増えているなどの原因として、乳幼児期の農薬暴露があると極論する人もいます。
このような因果関係は動物実験では検証できません。



 こういう部分です。そんなもんの原因を農薬に求めるのはお門違いとしか思えません。動物実験では検証できないとするのもおかしいです。怒りやすい(興奮しやすい)ラットは識別できます。


 なぜ空中散布はなくならないのか?についてはこうです。



 日本で農薬の空中散布に対する規制が進まない最大の理由は、農水省、特に林野庁、住友化学などの農薬メーカー、農薬工業会、それとヤマハ、ヤンマーなどのラジコンヘリ製造元数社が利権構造でがっちりスクラムを組んでいるためです。この利権構造を中心になって推進しているのが(社)農林水産航空協会(会長:元農水大臣官房審議官)、
http://www.maff.go.jp/j/corp/koueki/syouan/045.html
という農水省の天下り法人です。役員には農水省OBが名を連ねています。
この法人の目的は、毎年補助金で官から民へ委託されるおいしい農薬空中散布事業の継続と拡大です。



 という陰謀論です。この人、空中散布に関する規制が無いとでも思っているのでしょうか。また、いくら規制が無くとも、現場の農家が空散をやらなければ、空散は行われないと言うことを見落としています。松林に関しては・・・あの容積を人の手で防除せよと?それこそ膨大な人件費が発生し、よっぽどおいしい利権になりそうです。林野庁は予算獲得のチャンスですよ!

 もっとも小澤氏の主張は「松林防除なんか不要!」なようですが・・・。


 さてこの次のセンテンスで小澤氏はなんと、食品への残留農薬の安全性を主張しています。このあたり、大騒ぎする必要などない、という話はその通りとしか言えません。
 ただ、最後の文章が泣かせます。



 メディアも残留農薬を問題にするより、現実にあるリスクとしての農薬の空中散布の危険性を正しく認識して、重大な社会問題として取り上げて欲しいものです。



 空中散布の危険性を正しく認識しなければいけないのは、果たしてどちらなのでしょうか・・・

 全体的に根拠なく不安を煽る文章になっていて、私はこの人物はもとよりこの群馬県衛生環境研究所という機関そのものがどうなのかと不信感を持ちました。


 最後にもう一度言っておきますが、私は農薬の空中散布を「全く安全な行為」と思っているわけではありません。むしろ普通の農薬施用より高い危険性をはらんでいます。が、「だから禁止すべき」なのではなく「だから安全に行うべき」なのです