前のエントリにたくさんコメントを頂きましたが、いつもは全部のコメントにレスをつけることをモットーにしているのですが今回の場合はいざ考えてみるとどれも同じようなレスになってしまいそうなので、勝手ながら今回は新しく一つエントリを立てさせていただくことにします。といっても前のエントリとかなりかぶるんですが。


 モトケン先生のブログ をよく読ませていただいています。医療関係の議論が熱いことでも有名なブログですが、その議論を読んでいるとときたま、内容が最初の基本に戻ってループしている事があります。
 それは、新規のコメンターがいらっしゃった時(医療関係者、法曹関係者、それ以外の人問わず)ですが、つまりモトケン先生のブログの中で使われている用語が共有されていないからです。確か以前、ループが発生しかけたときにモトケン先生が「また最初から説明しなければならないのか」と嘆いていたシーンもあったと思います。

 医療問題が浸透しづらい理由の一つに用語の行き違いてのはあると思います。医療問題を注視しる!その5 でやりましたが、話を分かりやすく伝えるにはどうすれば良いかな、と思っている私は言葉そのものに結構興味があります。


 で先日のエントリですが、ちらっと書いたように私は医業と言う言葉を今まで知りませんでした。今まで全く見た事がない言葉だったので実在を疑ったほどでしたが、ちゃんと存在するみたいです。
 ただ、存在する事はするんですが、Googleでためしに検索してみると検索結果は約30万件 で、約1億4千万件の医学約8千万件の医療 に比べると圧倒的に少なく、しかもたいていは「医業経営コンサルタント」などとちょっと申し訳ないけど余り良い響きでの使われ方はしていないようです。


 さて医業の意味ですがどうやら想像とほとんど同じで、医療を業として行う事を医業と呼んで差し支えなさそうです。ちなみに、では「業として行う事」について、よく対価を頂く事を条件とするように思われがちですが、重要な条件ではありますが絶対必要な条件というわけではなく、むしろ習慣的に行われているかどうかという点がポイントになるようです。
 例えば、マンガのスーパードクターKはたいてい無料で患者を治していますが、ではKは業として医療を行っていないのかどうかといえばこれはおそらく業とみなされます。


 私はこの「医業」にこだわっていますが、その理由は、特に医療訴訟の場で「医学的には・・・」といわれている事柄がむしろ医業的と言った方がしっくり来るものが多いからです。なおかつ、医療にもコストが必要だと言うことを理解してもらうためには医業と言う言葉を使った方がその背景を容易に理解できそうに思います。医業って聞いたことのない言葉だとしても、医療を業として行うことだな、とは誰でも想像できるだろうからです。


 例えば加古川心筋梗塞訴訟の場合、最初に受けた病院ではPCIが出来ないので、次善の治療をしつつ搬送先を探したという判断は医学的に見て妥当だったといわれています。がこの事例ではむしろ医業的に見て妥当だったというほうが正しいように思います。
 PCIを行えば救命率が高かった、というのは医学的に見れば正しい話で、いやそうは言っても現実的には・・・と言うのは多分に医業的な判断が含まれます。医学で「PCIを行ったなら・・・」という場合は当然PCIが行える事を前提にしている、というかもともと医学(というか学問全体)そのものがそんな前提条件を無視したところで存在していると思います。


 当然、「実際そんな底の浅い学問じゃないよ」と言われることは想像していますが、医学とか医業とかの言葉の定義が重要性を持つのは医療関係者の間での話ではなく、むしろ他の業界の人間に対してです。
 この場合は司法関係者ですが、「医学的な根拠」について何か調べるとしたら真っ先に教科書や論文が対象になるはずで、「PCIの出来ない病院で心筋梗塞疑いの患者を受けてはならない」などとは書いていない教科書を根拠にして医学的判断をされても、そこに「医学的」批判を加えて主張を崩そうとするのは教科書が間違っていると言うのに等しく、言われた方はなかなか納得できないでしょう。
 つまりこの場合は教科書が間違っているのではなく、教科書が通用しないことを主張することになるのですが、それは医学的根拠と言うより医業的根拠といった方が通りが良くなります。


 そこで初めて、では司法としては医学的根拠と医業的根拠のどちらを優先すべきなのかと判断されるようになります。いやもちろん、今現在そんな判断がされていないと思うほど司法を馬鹿にしているわけではありません。しかし、こんな言い方をした方が外部で見ている人間(しかも非医療関係者)の誤解の余地は減る上に、医療業界最悪の敵であるマスコミなどはわざと誤解するネタをいつも探しているような有様ですから、そういうところに対する保険としてもちょっとはマシに動くんじゃないでしょうか。


 現在の風潮は、とにかく、医業的な事情など取るに足らんものだと思われていると感じます。「医師・病院は儲け過ぎ/儲けるなどもってのほか」な思想は未だにあります。そういう意味でも、医業としての医療・医学の概念を普及させることは意味があるんじゃないかと感じます。


 ドシロウトが言うにしてはあまりにも僭越すぎる話になったようにも感じますが、少なくとも私個人の言語感覚ではこうなるという話でした。もちろん、以上の言葉がこんな意味では通ってなんていないかもしれないし、自分の言語感覚が一般的だなんていうつもりはさらさらありませんので、まあ生暖かく読んでいただければと思います。


koume