農水省が、有機農業推進法に関する実際の取り組みとして、「有機農業の推進に関する基本的な方針(案)」という文書を出しています。
http://www.maff.go.jp/www/public/cont/20070301seisaku_1b.pdf
 なかなかとんでもない内容で、政府は農業を、そして日本国民をどうしたいのか、非常に首を傾げざるを得ないものになっています。というか、役人ってバカですか。


 「はじめに」の部分はいきなりこうです。


> 有機農業は、農業の自然循環機能を増進し、農業生産活動に由来する環境への負荷を

> 大幅に低減するものであり、生物多様性の保全に資するものである。また、安全かつ良質な

> 農産物に対する消費者の需要に対応した農産物の供給に資するものである。


 この文章には、有機農法に対する典型的な誤解が含まれています。どこがおかしいかと言えば、どこもかしこもと言うほかないし、どうおかしいかは過去にさんざん書いたので省略しますが、しかし最もおかしい点は以降に書いてある部分です。


> 有機農業は、自然が本来有する生態系等の機能を活用して作物の健全な生育環境や病害虫の

> 抑制を実現するものであるが、その一方、現状では、化学的に合成された肥料(以下「化学肥料」という。)

> 及び農薬を使用する通常の農業に比べて、病害虫などによる品質・収量の低下が起こりやすいなどの

> 課題を抱えており、未だ取り組みは少ない。


 ここではっきり、有機農法は「安全かつ良質な農産物に対する消費者の需要に対応した農産物の供給に資するものではない」と書かれています。この一文の中だけでも、完全に正反対のことが書かれており、まったく矛盾しています。
 つまり、「自然が本来有する生態系等の機能」では、病害虫に対抗できないのです。もっと言えば、病害虫だって自然が本来有する生態系等の一部であって、生物多様性の保全に寄与すれば自動的に病害虫も活発になるのです。病害虫を避けることは本質的に不自然なことで、そのために農薬が存在するのです。


 さらに根本的には、農業そのものが本来の自然・生態系から逸脱した行為です。どこの原野に、単一の作物のみがびっちり生えている場所があるでしょうか?キャベツばっかり作っているキャベツの産地がありますが、そこはたとえ有機農法を行っていても「自然」とは程遠い場所です。

 まあ、狭い面積で、様々な作物をごちゃ混ぜに作るならば、農薬を使わなくてもそれなりに病害虫を防げる場合があります(作物の特性自体が原生のものより弱いので被害は発生しますが、数十アールも単一の物を栽培するよりははるかにマシになります)。時たまテレビに出る「自給自足・有機栽培」はそんな感じですが、こういうものは「業としての農業」とは言えないのではないかと個人的に思います。農家全員がこのような方法を取るなら、農業をしていない人たち(日本の大部分の皆様ですね)は、野菜など食べられなくなるでしょう。農業とは、農家1件で数百~数千人分の食糧を生産する仕事なのです


 さて、「はじめに」にはこのようなことも書かれています。


> また、有機農業により生産される農産物を利用する消費者や実儒者の多くは、当該農産物を、

> 「安全・安心」、「健康によい」とのイメージによって選択しており、有機農業についての消費者や

> 実儒者の理解は未だ十分とはいえない状況にある。


 この言葉そのものは非常に正確であると思います。有機の農産物が受けているのはほとんどイメージだけの話であると考えるからです。おそらく私と筆者の意図とは異なりますが。


 さてこの後、5カ年計画による「有機農業の推進に関する基本的な方針」の中身が綴られます。大きく分けると、


 1:農家・関係業者がもっと容易に有機農法・有機栽培農産物に取り組めるようにすること、及び消費者がもっと容易に有機農産物を購入できるようにすること。


 2:そのために、有機農法についての技術を開発すること、普及指導員による指導を強化すること。


 3:有機農法についての消費者の理解を深めること。具体的には、有機農法が、化学肥料及び農薬を使用しないこと等を基本とする環境と調和の取れた農業であることを知る消費者の割合について、概ね平成23年度までに50%以上とすること。


 ここで私は、1と2については別に文句はありません。やっている人は以前も今もたくさんいるし、もちろんその中には尊敬できる農業人もいます。やりたい人はやればいいし、それだけのことです。
 ただ、3ははっきり言って正気を疑います。有機農法は、化学肥料及び農薬を使用しないこと等を基本とする環境と調和の取れた農業ではありません
 環境と調和など取れていません。いかなる農業でも確実に、環境に負荷をかけます。その負荷をいかに小さくするかが問題ではありますが、それに関しては有機農法はほとんど寄与できません。有機農法では作物の収穫量が減少するために、慣行農法よりも大きな栽培面積が必要になるからで、投入されるリソースの量は結局、慣行栽培を大きく上回ります。安物買いの銭失いを地で行きます。実際には、農薬を適正に使用することによって、最も環境に負荷をかけない農業が実現できているのです。
 またよく誤解がありますが、JAS法で定められる有機栽培では、農薬の使用は禁止されていません。大幅に制限されてはいますが、ごく一部の農薬は使用できます。


 肥料に関してこのレポートに、自然循環機能という言葉が出てきます。循環農法という言葉も最近ありますが、実際には、有機肥料のほとんどは海外産の飼料から成り立っています。有機肥料の原料は家畜の糞尿が主ですが、家畜の餌のほとんどは外国産で賄われているからです。海外の飼料でも日本の土に帰れば、地球レベルで見れば循環していることにはなりますが、そもそも自給率40%足らずの国が循環を言い出すことにはどこか勘違いが含まれている気がしてなりません。
 何故かと言えば、その飼料が海外でどのようにして作られているかはわからないし、だいたいがそれを外国から日本に持ってくるエネルギーの事を無視しているからですこれは実に膨大です。環境に配慮した自然循環型農業を行う時は、自国で発生した物を自国に投入しないと、むしろ損になるのです。
 現在でも国内産の飼料にこだわった牧場などはありますが極めて少数派で、もちろん全てがそういう方式に移行することは不可能です。食育の場所では地産地消という言葉が流行っていますが、同じく流行のキーワードである有機栽培がすでに地産地消と相反しているのです。


 さて肥料だけでなく、有機の食品自体にも目を向けても、内容は似たようなものです。スーパーを見ると有機の名を冠した食品は結構ありますが、皆さんご存知ですか?外国産の物がすごく多いんですよ。海外で有機で作ったものを、わざわざ膨大なエネルギーを投じて日本に輸入してるんです。これはまったく本末転倒です。


 いろいろ書きましたが、「有機農法が化学肥料及び農薬を使用しないこと等を基本とする環境と調和の取れた農業である」とは、まさしく「勘違いされた有機農法」そのものの姿です。政府は全国に誤解を広めようとしているわけで、もちろん日本全国の農家の大部分を占める、慣行栽培を行なっている人たちは今まで以上の偏見・誤解を受けるでしょう。慣行栽培のことを貶しているわけではない、と言っても通りません。農水省は、日本の農業を衰退させたがっているとしか思えません。


 国家単位で、有機農法を全面的に取り入れるならば、待っているのは北朝鮮の状態です。毎年極端な食糧不足に陥る北朝鮮では、ソビエト崩壊以後は農薬・肥料を輸入できないために、完全無農薬の有機栽培が実行されています。毎年のように病害虫が大発生して餓死者すら頻発するような状態こそが美しい国であると、「失言する機械」農水省は考えているのでしょうか。


koume