前回の直後です。
山岡 :日本は単位面積あたりの農薬使用量が、世界一といわれています。
このような話はよく聞きます。日本は、欧米諸国の7倍の農薬を使っているという話もあります。
しかし実は、この話はそもそも根拠が危うい上に、実際にはどうでもいい事でもあります。
まず根拠のほうですが、よそと比較するためにはその前提条件を揃える必要があります。しかし実は、その前提条件を揃える作業は簡単ではない。何しろ、各国によって農薬の定義は違う、使用量がドル換算の金額で示されることも多いのですが、となると物価や通貨レートの差も考慮しなくてはならない(日本の農薬は世界一高いので、そのぶん「使用量」が水増しされている可能性は大いにあります)、FAOの資料を見ると、各国からの「報告値」が示されるので、報告されない分は加算されない、などなど実は各国の農薬使用量をすっきりと比較できる資料はないのです。
各国の農薬使用状況を比較できる物ではないとの前提ですが、実はこういう数字もあります。
全世界の農薬メーカーの農薬販売高です。上位は全て海外のメーカーで例えばアベンティス、デュポン、サイアナミッドなど。日本で最大は住友化学ですが、10位にも入りません。住化は日本国内では売上高はダントツですが、全世界規模で見れば中小の一つです。
さて、仮に日本での単位面積あたりの農薬使用量が世界一だったとしても、上で書いたようにそんなことはどうでもいいことであります。
理由を説明するために、たとえ話をします。
隣り合う二つの村があります。A村とB村とします。両方とも人口は同じです。
ある時調査をしたところ、その二つの村では酒の消費量が全く同じだったにもかかわらず、アル中患者の数がA村のほうがはるかに多かったそうです。理由はなぜでしょうか?
理由はいくつか考えられます。例えば
1:A村の村民は全員が18歳未満の子供だったのに、B村の村民はみんな40代以上だった
年齢の条件を同じとしても、
2:A村の村民はほぼ全員が下戸だったのに、B村の村民はみんな上戸だった
酒に対する体質を揃えたとしても、
3:A村で飲まれていたのはウォッカやブランデーだったのに、B村では缶チューハイばかり飲まれていた
他にも考え付くかもしれません。
さて、上記を踏まえて「日本の農薬使用量は世界一」という条件を考えて見ましょう。
村の例での1と2は、村民の体質が違うという話をしました。では日本の「体質」を考えると・・・
日本は多湿で、平地があまり無く農地としては山間部を多く抱えます。そういう場所では病気や害虫が多く発生するために、農薬も多く使用する必要があります。日本はそもそも国土条件からして、農薬を多く必要とするのです。
また、作物を考えて見ましょう。現代の日本の主要作物は、米です。ところが世界的には米はマイナー作物の一つです。そして、米を作るには、他の農産物よりも多くの農薬を必要とします。欧米諸国では農薬はただ単に必要ないだけで、日本だってもしも農薬が必要ないものなのだったら使わないのです。各国別の農薬使用量を作物別に分けて比較すると、実は各国でそんなにたいして違わないというデータもあります。
次に、村の例の3です。アルコール濃度の違いを指摘しました。では農薬に当てはめると、こちらにも濃度があります。少量でもよく効く農薬、大量に撒いてもそれほど効かない農薬、様々です。それらを無視して「農薬の量が・・・」という話は空論に過ぎません。
ちなみに農薬批判者はよく「農薬は・・・」というロジックを使いますが、農薬とは数百種類の物質の総称であって、全ての農薬が同じ毒性を持っているわけがありません。ところが、農薬と言えばあたかも全てが同じ性質を持っているかのように語る評論家は少なくありません。
最後に、農薬使用量の論理が最大に意味が無いといえる点は、(農薬取締法に準じる限り)いくら使ったとしても、残留基準値さえセーフならば何の問題もないんですよね。農薬の毒性ってすごい様々な点で調べつくされてるんです。農薬とは使用者にとっては危険な物ではありますが、その周辺の環境への影響や、ましてや作物への残留農薬などまるで考慮する必要が無いほどに安全を保障するようなデザインになっているのです。
ただ単に世界一多いから危険というロジックは、どう考えても幼稚でくだらない話なのですが、農薬が絡むとなぜか支持する人が多いという不思議な例です。
koume