田中 芳樹, 道原 かつみ
銀河英雄伝説 (1)
田中 芳樹
銀河英雄伝説〈1 黎明篇・野望篇〉

 銀英伝といえば、知っている人は誰でも知っているSF小説「銀河英雄伝説」のことでして、国産のSFの中では人気・知名度ともにおそらくトップに位置する作品です。
 数千年の未来、銀河帝国と自由惑星同盟、さらにフェザーン自治区の3つの勢力に分かれた銀河にラインハルト、ヤン・ウェンリーなどの英雄が躍動する物語で、小説自体はとうの昔に完結していますが未だにゲームが発売されたりと人気は根強い物です。


 私自身はこれ、田中芳樹の小説ではなく、道原かつみ氏の漫画で初めて触れました。マンガ版はけっこう面白かったのですがいかんせん、内容的にまだ全然途中ってところで打ち切られており、筆者が面倒くさかったのかちょうど切りがいいと思ったのか雑誌自体が廃刊になったのか事情はよくわかりませんが、とにかく続きが読みたければ新書か文庫を買えということで、古本屋で揃えてきました。マンガ版はけっこう分量があって11冊もあるのですが、それでもストーリー的には新書版で2冊までしかカバーしてないというのは衝撃でしたが、まあ小説版はファンには悪いけど、思ったより面白くなかったです(爆)


 まず、不必要でもったいぶった比喩や装飾文が非常に多くて全体が冗長になっており、読むのが苦痛に感じる部分がありました。ラインハルトやヤンが出て来る部分まで読み飛ばしたりして何とか読みましたが、後から読み返してもやはり無駄な部分は目に付きます。もったいぶった言い回しがやたら多くて、山田詠美などのけっこうシンプルな文章ばかり読んでる人間にはつらかったです。
 それと、最大の問題は、希代の、比類なき大天才と何度も称されるラインハルトが、全然天才に思えませんでした(笑)戦略的にも当然としか思えないことを、さも偉大な発想として紹介されているところはほとんど失笑物です。結局それが作者の想像力の範疇内といえばその程度なのですが、本物の天才は「想像もつかない」というような視野で描けなければなりません。例えば「蒼天航路」というマンガの曹操は充分天才に感じます。
 も一つ苦言ですが、新書版は挿絵がよくないです(^^;いっそのこと道原かつみが描いていればまだマシだったと思いますが、絶世の美男子、美女のカップルであるラインハルト&ヒルデガルドが平凡な少女漫画顔でいかにも興ざめです。


 さて、この小説(マンガでも)では、食事のシーンがけっこうあります。オルタンス・キャゼルヌという料理の名人が登場したり、料理のシーンはけっこう何度もあって、さらに酒飲みも大量に登場してワインやビールがよく飲まれています。
 私はこの小説に関して、例えば科学技術や物理法則に関して突っ込みを入れるのは野暮のきわみというのはよくわかっているのですが(「空想科学読本」の二の舞なんてごめんだ)、酒のことには突っ込みを入れておこうと思います。


 細かいことですが、この物語中では、逸品のワインとしてよく「410年もの」が登場します。帝国では410年はグレート・ヴィンテージだったらしいのですが、何1000もの惑星を持つ銀河帝国で、全てのワイン産出惑星で同一年にグレートヴィンテージが訪れるなんて事はありえません。
 なんて、まあそれは非常に細かいことで、作者も「そんなこと、わかっとるわ!」って感じでしょうが、まあこれはいいとしてもう一つ。


 この物語にワインやビールが登場するのはいいのですが「シャンペン」「コニャック」なども登場します。これは誤解を生むような表現で、まずいです。というのは、シャンパンやコニャックは一般名ではないからです。
 具体的には、シャンパンはフランスのシャンパーニュ地方で法律に則って作られるスパークリング・ワインのことですし、コニャックはやはりフランスの西南部シャラント川沿いで造られるブランデーのことであり、要するにフランス以外で作られるスパークリングワインやブランデーはシャンパン及びコニャックではありません。銀英伝にも地球は登場しますが、その当時の地球は単なる辺境の一惑星で、しかも「地球教」と呼ばれる狂信的な宗教団体が支配する惑星になっており、そこでまだ大量の高級ワインが作られて帝国中心部へ輸出されているとはとても思えません。
 「シャンパンとは、ワインの一種である」ということを知らずに、他人に聞いてはじめて知ったという人はけっこういるので、こういう名称を軽々しく使うのは酒マニアとしてはちょっと眉をひそめる部分ですね。


 ちなみに、現代の主なワイン用ぶどうは、古典的な「プロヴィナージュ」という挿し木法により、遺伝子的には1000年くらい昔からほとんど変わっていない物だそうです。大昔から伝わるぶどうを作り続けてきた結晶なわけですが、もしかしたら何千年の未来でも人々はカベルネ・ソーヴィニヨンやピノ・ノワールなどを飲んでいるかもしれません。銀河帝国暦410年物のピノ・ノワールはどんな味がするのでしょうか。
 というか、帝国はナチスをモチーフにしたのか固有名詞などは全てドイツ風ゲルマン民族調なのですが、それならそれでもしかしたら、飲んでるのはリースリングのトロッケン・ベーレン・アウスレーゼなのかも?いっそのことシャンペンなどといわず、ゼクト(ドイツのスパークリング・ワイン)という名称を一般名にしてしまえばよかったのに・・・などと考えさせる部分は、ロマンを感じますね(^^)銀英伝。


koume