Hi, everyone! How are you doing?
皆さんお元気ですか?アルフです。
さてさて皆さん、「日本の英語教育は文法ばかりに偏っていたから、
それは止めて今後は会話を重視しよう」なんていう、もっともらしい物言いを
耳にしたことがありませんか?「えっ、その通りじゃん!」と
思っているあなた、その物言いは実は大きな矛盾を含んでいるのです。
少なくとも英語教育関係者なら、前述のような言葉を口にすることは
あり得ないはずなのですが・・・
文明開化後の日本にとって、西欧の進んだ文化を取り入れるため、
まずは英語で書かれた文献を読むことが先決だったのは事実。よって英語
の学習ではまず、読解とそれに付随する文法が優先されたことも間違い
ありません。時代の流れとと共に、日本人に求められるのがただ英語を読む
だけといった「受動的英語学習」から、自らの意見を述べ自己表現をすると
いう「能動的英語学習」に推移したにもかかわらず、それこそ一世紀
以上も学校英語の姿勢は変わらなかったわけです。(現状において
変わったと言えるかどうかも定かではありませんが)
その学校英語のあり方に疑問を持ち、変革を志すことは素晴らしいのです
が、残念なことに視野が狭すぎるのです。前述の物言いを簡単に表すと
こうなりますね。
英文法と英会話を、まさに対極にあるものとして扱っています。
さてこの図式のどこに矛盾があるのか?今この記事を読んでくださって
いるあなたは、今まさにその行為により矛盾を証明してくれています。
あなたはこの文章を記した私の意図を、その筋道を追うことによって
把握しています。仮にこの本文が音声ファイルに吹き込まれていたとしても、
あなたは間違いなく私の意図を理解してくださるはずです。では何故理解できる
のか?それは私が日本語の文法的ルールに則って(のっとって)言葉を
発し、あなたも同様にそのルール上で私の言葉を受け取っているからに
他なりません。お分かりでしょうか?つまり、文法があるからこそ
人は会話ができるのであり、文法がなければ人と人との会話はおぼつか
ないものになるということです。当然ながら、このことは英語のみならず
日本語や、他の全ての言語にも当てはまります。
我々が行う会話は全て(一部例外あり?)文法に支配されているわけですから、
本来図で表すならこの辺りが適切でしょう。
もちろん会話には言葉以外の要素、表情や身振り手振りなども含める
考え方もありますが、ここではそれらを除外して図示しています。
異なる視点から眺めれば、「会話の一要素が文法」ともとらえられる
わけですから、上の図が逆転して「会話の円の中に文法」という
図示も可能になるのです。柔軟に且つ臨機応変にいきましょう!
では英文法を重視する日本の英語教育の姿勢に間違いはなかったか?
ここまで読んでくださった賢明な読者の皆さんには、既に答えがお分かり
だと思います。もちろん答えはNo! 文法という代物の本質が理解されず、
当然適切な教え方も為されてこなかったからです。上の図をご覧いただければ
一目瞭然、且つ私が今回展開している持論の中心にあるもの、それが
「文法は会話のためにある」という一文。
残念ながら日本で行われ続けている英文法の授業は、あくまでも
「日本人が作った日本英語・学校英語の試験で点を取ることを最重要視
している」に過ぎません。もちろんその全てを否定するつもりはなく、
実際日本で英文法をしっかり学んだ生徒が渡米し、アメリカ人学生の中で
「英文法マスター」として崇められる(笑)ことも実際にあるのです。
しかしながら、英米人が日常的によく使う文法事項が隅に追いやられ、
そうではない表現が日本英語の主流になっていることも多々あります。
例えば「今日はどうするの?」と相手に訊きたい場合、日本人の多くは
"What will you do today?"
という英訳をするでしょう。それも決して間違いではありませんが、
英語ネイティブの多くは
"What are you doing today?"
という表現を使います。中学校の定期試験でこれが英作文として出題されれば、
前者は正解、後者は「現在進行形だから(今行っているわけではないから)間違い」
ということにされるのが関の山でしょう。「進行形が近未来を表す」
などいう仰々しい記述と共にこの表現が紹介されるのは、高校英語の
「時制」の章内における、ほんの一部分に過ぎません。
(続く)
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